The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


産・学・学会

エレクトロニクスソサイエティ会長 神谷武志

昨今の日本内外の経済情勢は深刻なものがある.日本の失業率はまだ世界的に は優れているものの新規事業への慎重論が各分野で広がっていることが将来予 測を困難にしている.このような境界条件のもとで,我が国の国是とされる科 学技術立国への道程はどのように考えればよいだろうか.技術に理解のある人 なら「研究開発の費用は無駄金」という議論に単純に同調しないであろうが, 短期的な帳尻を主に考えると研究開発への風当たりは確実に強くなっている. 筆者は大学でエレクトロニクスの教育研究に携わっていて,世間の厳しい風に 直接当たってはいないが,人材養成の面からも無関心ではいられない. 若者 の興味が向くところは必ずしも深い読みをしているとは限らないが,鋭く時代 の流れを読むことが多い.現時点で電子,情報,通信の分野が引き続き理工系 を志望する若者の間で人気が高いのはこの分野が今後発展の余地が大であると 踏んでいるからであろう.実際,経済の流れ全体の中で足を引っ張る分野と引っ 張られる分野に分けると電子産業分野は全体として前者では決してない.世界 の中での日本の電子産業の地位は依然高く,数多くの留学生が日本へ電子工学 を学びに押し寄せている.

 ただ,状況が以前の高度成長期とは大きく異なっていることは正しく認識し なければならないであろう.研究開発活動を基礎研究,目的研究,開発,事業 化のように分類すると以前はそれぞれが独自性の高い展開をし,ある程度成熟 したところで次のステップにバトンタッチする場合が多かった.現在の状況で はより緊密な相互作用が求められている.大学についていえば従来基礎研究が 主で,いくらか目的研究に踏み出していたが,メーカーの研究開発部門が目的 研究から事業化までをカバーするようにシフトしつつある現在,大学人もまた 基礎研究から開発レベルの活動までダイナミックレンジを広げることが要請さ れているのではあるまいか.大学における研究支援組織の強化,ベンチャー的 活動の奨励,知的所有権への積極的な取組み,などにその変化をみることがで きる.これらが実のあるものになるには具体的な産学研究協力の事例を積み重 ねることが重要である.大学人と産業人の交流も基礎研究レベルのみでなく, 産業界の基礎研究者,応用研究者および開発エンジニアを含む多層的な協力の ネットワークが求められる.学会は人と人の出合いの場を提供する任務がある から,学会もまたその活動を更に広げて開発,生産エンジニアの活躍の場をこ れまで以上に提供してゆくことが重要ではないだろうか.


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