The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


専門教育と予備教育

副会長 板倉文忠

 例年のことだが新学期になると,私が所属する大学にも新入生・進級者が教 室にどっとくり出して,昼食時には学内のどの食堂も満員で長蛇の列ができる. しかし7月に入ると,出席学生数はがくっと減り始めるのも,また悲しい通例 である.なぜこのような状況になってしまうのだろうか.どこに問題があるの だろうか.

 私の経験に限ってもこの 40 年間に,電子・情報通信技術は未曾有の大発展 を遂げ,それに伴って,その学問分野は急激に拡大し,大学等で学ぶべき事柄 も当然増大してきている.ところがその間,大学での修学年数は変っていない し,また大学進学の大衆化により,学生の平均的な資質は相当変貌している. こうした状況にもかかわらず,大学での教え方は,40 年前とそれほど差はな い.これでは学生が教室から遠ざかるのは当然かもしれない.

 教師の弁明は,「こうした状況だからこそ,高度に技術的な各論はできるだ け省略し,将来必要となるであろう学問の根幹となるエッセンスだけを精選し 教授しているのだ.その結果,教授内容が,やや抽象的になり,理解しづらく なることもあろうが,そこは皆さんの努力を期待している」と.だが,工学の ような実学的学問を,精選したエッセンスだけを教えることで,本当に教育の 実を上げることができるであろうか.

 私が大学生のころ,多数の級友が小中学・高校生のときから,ラジオやオー ディオアンプ工作などのエレクトロニクス実験の経験を持っていたようだった. 私自身,こうした原体験が,大学での電磁気学・回路理論・電子回路学などの 理解に大いに役立った.残念ながら,最近の電気電子系の入学者でこうした原 体験を持つ学生の比率はわずかになってしまった.他方,高専からの編入学者 の大学入学後成績が普通高校からの入学者のそれよりも往々優れているという 事実は,原体験的予備教育の重要性を裏付けるものと思われる.

 大学での教育効果を向上するためには,小中高の教育制度を変えるか,ある いは大学での教育方法を改善するしかない.前者が難しいのであれば,例えば 電磁理論のような抽象的一般論の講義に先立って,歴史の流れに従ってファラ デー・ヘルツ・マルコニーなどの時代に話を戻し,当時の開拓者が直面したで あろう困難を現在の学生に実際に体験させるような課外学習をさせてみてはい かがであろうか.こうした原体験の上にたって,精選されたエッセンスの授業 を行えば,学生達も理論的抽象化・一般化の美しさや有用さが会得できるはず だろう.学習によって理解が深まるということが分かれば,学生はおのずと教 室に戻ってくるはずだ.

  Back to Faraday and get students back to school!


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