The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


ブロードバンド時代と学会

東京支部長 酒井 善則

 情報化社会,IT時代と新しいキーワードが世の中に氾濫している.情報通信技術の進展の結果花開いたインターネットは社会に大きなインパクトをもたらした.21世紀はブロードバンドの時代だといわれている.フォトニックネットワークが実現して,メモリ容量も飛躍的に大きくなり,大容量情報とともにハイビジョンも含めた映像情報が自由に運ばれる夢の時代の到来は間近ともいえる.ブロードバンド時代における映像情報は居ながらにして世界中の出来事を体験することを可能とし,リアルな世界に身を置く必要性を大きく減らすかもしれない.ブロードバンド時代のキーテクノロジーである光技術,メモリ技術等は本学会の主要分野であり,新しい技術がもたらす夢を積極的に社会に示していくことは学会の重要な責務であろう.東京支部を担当して1年近くになるが,支部は会員に新しい技術,その可能性,社会にもたらす影響を講演会,シンポジウム等を通して伝えることが大きな役割と考えている.

 しかし技術的目標としての夢・イメージの先行は現状との差が十分認識されないと混乱をもたらす恐れがある.会員の中ですら,現在のインターネットで放送品質の映像を幾らでも送ることができると考えている人は多いのではないか.大容量伝送,蓄積,高速処理ができるため,通信システム効率化のためのいわゆる情報理論的な技術は何も必要ない,もう研究は終ったという意見まである.技術開発がアプリケーションに依存するのは仕方がないとしても,ビジネスモデル特許が重要で,それさえあれば技術はついてくるという考えの人もいるように思える.私の身近な分野では,新しいコンセプトが重視され改良形の研究はともすると軽んじられているような気もする.MPEGという言葉が余りにも有名なため,画像圧縮の研究発表をしても時代遅れの研究と思われる可能性があり,またブロードバンド時代に圧縮そのものが不要だと考えられる恐れすらある.IPv6になると,IPアドレスのみならず,帯域保証もすべて可能となり,ネットワークの品質問題はすべて解決すると多くの人が考えているかもしれない.

 教育面でも一部の企業の方は,大学では現在の主流技術にすぐ対応できる即戦力,例えばインターネットに強くVLSIを設計できる学生あるいはビジネスを起せる学生を教育してほしいと要望している.今までのような教育・研究スタイルはもう古いのだろうか.

 すべて時代は移行過程にあり最終形態はあり得ない.今,不要と思われた技術が時代が変ると復活する例は幾らでもある.光ファイバに比べて品質が劣るためほとんど省みられなかったメタル線を介してのディジタル伝送ですら,DSLとして復活している.符号理論が終ったという意見は,携帯端末により符号理論の成果が広く世に出る前に聞かれた.技術進歩は予想どおりのコースをたどらない.大学でも主流技術を身につけていると同時に,基礎的知識があり,将来技術のどのような変化にも対応できる学生を教育することが最も重要なことである.

 本学会のような大学会に求められるのは,従来の古典的研究スタイルにとらわれることなく新しい分野を積極的に取り込んでいくことと同時に,一見成熟した分野の技術改良の研究もきちんと対象として,あらゆる可能性をつぶさないよう心がけていくことであろう.


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