The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


変化の激しい時代こそ,自分の技術を磨くべき

会計理事 山田尚志

 最近日本は駄目になるのではないか等という議論が盛んである.日本人の傾向として,調子が良くなると,急に有頂天になりバブルを2回も繰り返し,調子が悪いと総ざんげといった傾向がある.しかし,調子の悪いときに力を蓄え運が巡ってきたら頑張るというのは基本的に歴史の教えるところであり,じっくり力を蓄える時期と考えた方がよい.

 電子技術は,第二次大戦後の混乱期には,米国が日本に対して援助するという立場から情報を積極的に公開したりしたこともあり,経済の回復とともに日本が民生機器と半導体,特にDRAMなどで主導権を握った.一時は,“JAPAN as No.1"等といわれて,次は日本の世紀等という言葉に踊らされているうちにバブルがはじけ,技術分野も今までやっていたことはバブルだったような気分が世の中を支配している感じがある.ここで自分の批判よりはまず自信を持って技術は依然として日本は優れていることを自覚しかつ何が問題かよく考えるべきである.

 筆者は,DVDの開発とセキュリティシステムの開発などで米国技術者,経営者と直接接触して厳しい交渉をずっと継続していることもあり,米国の良い点,悪い点をずっと見てきた.日本の良い点も逆に分かるようになったことも確かである.

 日本の技術の良い点は,基本的には真面目にこつこつ緻密に開発を行うことにある.一方で,よくいわれる新しい発想は余り出てこないのはなぜかとなると,実際は発想が出てこないのではなく,発想を殺してしまうシステムが組織内に存在していると思われる.一般に日本の会社での新しい製品やシステムの開発は,期限内にシステムを完璧に仕上げることが最優先する.新しい発想はともかく排除してスケジュールキープが最優先になる.スケジュールのキープが最優先でその前のコンセプトと仕様の決定には時間をかけず,できるだけ保守的にとなると新しい発想はおのずから制限される.また,若い人の発想を生かそうというのも実は余り意味がなく,現在の複雑化したシステムでは若い人の提案は知識の不足から不完全なものとなり最初の段階であっさり一蹴され,若い人は意欲を失いその後成長しないということになる.

 一方米国では,新しい発想が尊重されて技術者が活性化される等という議論も余り当たらない.本当に新しい大成功は,天才によりなされるもので,天才の才能を殺さずに生かせる社会システムができるかどうかが日本の将来を決めているように思われる.Bill Gatesは,ビジネスの天才であり,今のマイクロソフトを築いたが,実際のWindowsのアイデアはマイクロソフトのものではない.マウス,ウインドウシステムなどの技術的なアイデアは,まず,Xerox Parkの研究所が作ったアイデアである.筆者はそのとき立ち会った研究者に聞いたが,ある日Xeroxのマネージャーが,ベンチャーの経営者として有名であったSteve Jobsを招き,マウスやWindowsシステムの説明を行い,これをビジネスにするにはどうしたらよいかアドバイスを求めたとのことである.Steve Jobsは何も言わず次の日から研究者を引き抜きにかかったとのことで,米国社会の一面をよく表した出来事ともいえる.この後アイデアは,Macに採用され,それがMSのWindowsに移植されたものである.技術的な発明と,それをビジネスにする才能が結合したときに初めて大きな成功がもたらされる.日本でも数々の天才を生んでいるが天才がなかなか評価されないのを是正する必要がある.いろいろうまく行かないことがあった場合,日本では社会システムの問題にするが,これは一人一人の研究者,技術者の考え方の問題でもあって日常の活動で常に新しい発想を尊重する考え方を全員が持てば,問題は解決すると思われる.

 一方,役に立つ技術者を作るために,教育システムに関する議論もいろいろなされている.米国の教育が良い,いや他の国のシステムの方がとか,いろいろ議論はあるが,米国は第一線の技術者はほとんど外国から移ってきた人間であり,優秀な人間が,来たいと思う環境を実現していることに米国の強みがある.大学院の教育は非常に厳しいが,教育が特に優れているとは思えない.一方日本では,子供の遊ぶ時間がないなどとの理由で土曜日を休みにするなどのばかげた政策が行われ,結局塾に行く子供を増やしているだけになっている.日本人の特徴として,システム全体を見渡して最適化するという感覚が乏しい.そのため一面だけ取り上げてこれを改善するという発想になるのは反省する必要がある.

 依然として日本のハードウェア設計技術は世界最高である.まず我々は,米国主導のビジネスモデルという考え方をよく吟味し取捨選択する必要がある.日本の特徴がハードにあり最近ではハードの設計もファームウェアの開発に移りつつあるが,これもハードの一部分であってシステム設計的にはソフトではなく,日本の強みが発揮できる分野である.OSやアプリのソフトは米国の強い分野であるが,ハードのためのファームウェアとは根本的に異なる.

 このようなときに,1円の携帯電話などは全くハードを馬鹿にしたビジネスモデルであり,日本のハードの特徴を自ら殺すようなビジネスモデルという考え方には全く賛成できない.ハードはおまけでソフトで稼ぐなどの米国流のビジネスモデルを進めようといった思想を排除して,ハードを復権する必要がある.基本的にはまず借金をしてそれから,儲けるという思想であるが,何でも良いから儲かればよいという思想はもう廃止して,将来につながる儲けになるように技術開発することが大切である.一般的に無理矢理市場に安く商品を押し込むと必ずリバウンドがあり,後で逆に不況になることはよく経験するところである.

 本稿は,若い技術者に参考になるようなことを要望されたが,まず上記の状況を踏まえて,余り右往左往せず,若い技術者には,まず真面目に知識を蓄積することと,常に新しいことを恐れず興味を持つこと,更に実際に仕事に就いた場合,自分の発想が受け入れられなかった場合に,めげずに何が不足していたかを勉強しながら次の提案は常に進歩しているように心がけてほしい.ITだITだと騒いでも自分のレベルは上がらない.まず自分のレベルを上げるのが先決である.会議で分からなかったことは必ずその後で自分で調べ次の会議では理解しているようにするのが基本である.新しい発想はきちんとした技術の理解の上に成り立つのであり,ただ単にうまい話はないか,アイデア出てこい式のことをいかに行っても本当に技術的に革新的なことは出てこない.しっかりした基礎原理の理解と,最新の技術知識の蓄積が新しい発想を生むことを自覚してほしい.若い人に将来に無限の可能性があるといわれるが,努力により無限の可能性のある未来を現実化するのであり,努力は必要である.若い技術者に地道な努力と既成概念にとらわれない発想を期待したい.


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