The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


改善と新規立ち上げ

基礎・境界ソサイエティ会長 仙石正和

 つい最近の新聞の第一面に「理数 目立つ低正答率」,「高3の数学・理科 学力低下裏付ける」,「理数系,これほど弱いとは」などの文字が並んでいた.文部科学省が全国の高校3年生10万5千人を対象に実施した学力テストの結果である.出題者(文部科学省)の期待した正答率に比較して,数学・理科の点数が程遠くかなり低いということである.国語と英語はまずまずの期待した程度であったとのことで,理数系の弱さを裏付けたようだ.期待した正答率とは,の内容を分析しないと,正確には言えないが,1998年に日本のある有名大学の大学生の数学の学力調査で,文系学生の2割が分数の計算で誤り,7割が中学校で学ぶ二次方程式が解けなかった,との結果からすると,高校生の理数系の学力低下は本当のようである.電子情報通信学会も理数系の学会の一つであり,無関心ではいられない.

 学力低下の理由として,社会情勢の変化,学ぶ意欲が落ちている,ゆとり教育の結果ではないかなど,様々な分析がなされている.このような学生が大学に入学することになるので,大学はその対応策に追われることになる.高校(小中学校も含めて)にも大学にも,教育改善が求められている.

 ところで,優良な企業の特徴は次の二つ,@得意とする領域の強化,A新規領域の立ち上げ,の両方を常に継続していること,とのことである.得意とする領域の強化はいわゆる「改善」である.改善には,企業のいろいろな部門が有機的に連携した全体の最適化であり,日本の企業が得意としている.一方で,新規領域の立ち上げは,従来の企業全体で行っている改善とは組織的にも考え方も相いれず,むしろ,組織的に離しておいた方がよいということである.確かに,独創的な新しいことを始める人やその集団は,改善型の組織に収まることはないであろう.

 ゆとり教育は,好き好んで,実施に向かったわけではなく社会情勢などいろいろな理由があった.その一つに,従来の詰め込み教育では,金太郎飴のような学生が次々生まれ,個性的,独創的な人材が育たないのではとの考え方があったように思う.上記優良企業の例で教育は語れないと思うが,あえて当てはめると,個性的・独創的人材を,ゆとり教育という全体改善の中で行わずに,教育改善は日本の従来の特徴を生かしつつ行い,個性的・独創的人材教育は,新規領域立ち上げという中(例えば最近始まったスーパサイエンスハイスクールなど)で行いながら,全国的な波及を進めた方がよかったかもしれない.大学の教育改善,特に工学(技術)教育の分野では,JABEEの手もお借りしながら,大学全体の最適化が求められている.大学全体の最適化(教育改善)には各部分がばらばらではなく教職員,学生,更には企業など社会との強い連携が必要である.一方で,上記の考え方から,教育においても研究においても新規立ち上げは,この教育改善からある程度の距離を置く必要があるかもしれない.

 学会と大学は多くの点で類似している.学会は,その学会の得意とする領域の改善を続けながら,新規立ち上げを継続しなくてはならない.本学会では,学会全体で従来の専門領域活動の改善を行い,自由行動がある程度許されている各ソサイエティでは,もちろん従来の専門領域を活性化しながら,新規領域の立ち上げを,できるだけ従来の慣例に縛られないように,自由に行えるようになっている.本学会の一層の発展を期待致します.


IEICEホームページ
E-mail: webmaster@ieice.org