The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


Back to Science

副会長 池上徹彦

 日本の経済不況と財政危機は,科学技術を巡る環境の改革を急速に進めてきた.克服の策として,大学にある技術の有効活用による雇用増大と新企業創出を期待し,技術移転と産学官連携が大学を拠点として強力に推進され,企業の技術者や知的財産の専門家は多数大学へ移動し,これからは,大学から企業への人材還流が期待されている.しかし昨今の大企業の業績向上によりこの勢いが弱まるのではないかが心配である.

 かつて国際化という言葉が大学でも大切にされたが,企業ではグローバル競争下のもとに国際化は戦略というよりは日常語となってしまった.かつての国立研究所では裁量幅の広い運営交付金の増加と国の任期付き任用の拡大策により外国籍研究者は急増しているが,組織自体が国際的に高く評価されたという話は余り聞かない.大学等では国際化どころか,競争的資金の急増により研究者間の壁は厚くなったと嘆く声もある.

 霞が関の省庁は,研究,あるいは産学連携と技術移転に関連した税金投入の実効的効果を心配している.2006年から始まる第3次科学技術基本計画も成果が見えないとなれば策定は容易ではない.好意的な社会学者は,成果は数十年後の社会にあらわれるのであり短期的に見るのは誤りといってくれている.確かに,IT商品の足の速さは,季節商品となった携帯電話,インターネット関連機器等の例から見ても異常である.しかし仔細にそれらの技術革新を点検すると,既にその延長上には,ムーアの法則上にはRed Brick Wallと同様の高い壁がそびえている.これらを突破するには,科学に戻る,つまりBack to Scienceが必須である.ところが,これを聞いた多くの研究者はまたまた従来タイプの「自分の好きな基礎研究」に喜んで戻ってしまうのが怖い.

 企業の数値上の業績向上は,リストラ,つまり木の枝を剪定した結果であり(会社経営の定石),問題はこれ以上剪定すべき枝がないという現実である.企業人は是非目線を上げて,今や植林が必須であり,研究機関でのBack to Scienceが必須であると声を大にしていってほしい.他方,研究者はBack to Scienceの言葉の持つ本当のメッセージを理解してほしい.総合科学技術会議は本年度のソフトウェア研究開発の構えとして,「応用駆動の視点で基礎研究を点検してほしい」とした.ところが「応用をやれ」と勘違いしデモンストレーション的研究に走ってしまったと聞かされ,日本語の不明りょうさを再認識した苦い経験がある.

 競争的研究費の半分がバイオ関連に回っていると非難する声があるが,その理由は興味あるテーマの山積と手ごろな装置でも十分やれるところにあると見ている.成熟したIT分野はそうはいかないことを承知し,「拝金主義」を避けるためにも,研究そのものの見直しの研究現場を巻き込んだ議論が望まれる.乱暴な提案であるが,そのためには1か月くらいの研究中止があってもよいと思う.

 欧米の研究者は,このような研究の危機にめっぽう強い.最近,ジョージア大にすばらしいナノテク用の共同利用センターが作られたという.米国の競争的研究資金は一人の研究者を対象としている(共同提案はない)にもかかわらず,世界のトップを目指すためには狭い自前主義をきっぱりやめる.これこそ戦略である.悲観主義はだれでも持てるそうであるが,楽観主義は大きな努力と知恵が必要である.楽観主義でBack to Scienceのメッセージを的確に理解し,国際的に期待される研究開発を育てたい.


IEICEホームページ
E-mail: webmaster@ieice.org