The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


戦略的な産官学連携型共同研究

 副会長 白川 功

 バブル経済の発生,崩壊,及びそれに続く経済不況は,我が国における一つの文明史的な歴史過程であり,一過性のものではない.21世紀に入り,生活必需という概念が急速に衰退し,ある特定商品が継続的に大量に生産・消費される状況はもはや起り難く,大量生産・消費の時代は終えんしたといえよう.このような社会や産業の構造的変化に加えて,近年の情報通信技術の急速な進展は,予想をはるかに超える多様なビジネスシーズを生み出し,消費の個性化傾向に照準を合わせたビジネスや生活環境の質的向上を目指したe-lifeビジネス,すなわち,情報家電,移動体通信,電子行政,電子医療・看護,遠隔福祉・介護のための生活関連ビジネスが,経済発展の新たな要因として加わるという状況が生まれている.情報通信技術はこのような多様なビジネスを推進するためのキーテクノロジーであるが,我が国においてはダイナミックに変動する社会ニーズにタイムリーに対処できる状況には至っておらず,正に政府も平成15年7月に策定した「e-Japan戦略U」によって医療,食糧,生活,中小企業金融,知,就労・労働,行政サービスの7分野向け情報通信技術の更なる展開を図ろうとしていることからも明らかなように,社会は生活環境の質的向上に資する実用的な研究開発を要請している.

 このような背景のもとで,新たな需要を引き出すような「破壊的技術」による技術先行型ビジネスだけではなく,各種の情報システムや情報ネットワークを介して展開される生活の質的向上を指標とするニーズ先行型ビジネスに対しても,開発の波が加速度的に拡大しようとしており,産官学が更に一層有機的に連携してそれに向けた新しい研究開発の仕組みを模索すべきときがきている.しかるに,本学会は,産官学それぞれの組織における最も活動的な研究者・技術者の集団を擁し,しかも学会活動を通じて基礎から応用に至る多元的レベルで産官学連携を組織するに十分な潜在力を有しているにもかかわらず,そのような産官学連携型の共同研究には積極的であるようには思われない.

 いうまでもなく情報通信技術は情報の表現・加工・伝達・蓄積のための技術であり,人間の知覚や思考を補助する機能を有するが,この技術単独では人間の知能や知性を高めることはできない.情報通信のハードウェア・ソフトウェア技術と人間の持つ情報の生成・処理にかかわる創造的な能力を有機的に融合することによって,新たな知見あるいは知恵が創出でき,したがって,情報通信技術は単なる工学的テクノロジーではなく,社会を変え,経済を変え,更には政治や文化をも変える社会的テクノロジーであり,人間の暮らしを土台から揺さぶりかねない重みを持っている.見方を変えれば,情報通信技術の成熟に向かう様々なマルチパスの道程において我々が想像もしないような幾多のビジネスチャンスが生起するともいえる.

 近年,社会の構造的変化と情報通信技術の変革に伴い,電子商取引,電子行政,電子医療・看護,遠隔福祉・介護等に対する社会ニーズが高まっている中で,情報通信技術の実情はその要請には十分にこたえているとはいえない.その主因は,情報ネットワークの安全性や安心感に対する信頼性が欠落しているからである.このような安全で安心なネットワーク技術の研究開発に関しても,本学会は産官学連携の高い潜在力を持ち,実用的なソリューションの開発やその実践によるビジネス展開が期待される.

 我が国の再生シナリオを立てかつそれを実現するためには,産官学が更に連携を強め,あらゆる階層の知的資源を結集して,このような社会ニーズにこたえる戦略的な共同研究プログラムを立案し,可能なところから着手して,次世代を担う若者の知力と体力の育成に注力すべきである.


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