The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


ビジネス方法の特許性を認めた米国の注目判決と日本におけるビジネス方法の特許性の判断実務

電子情報通信学会誌Vol.82 No.7 pp.785-789

坂口 博

坂口 博:日本アイ・ビー・エム株式会社知的所有権

The US CAFC Decision to Deny the Business Method Exception and Japanese Practice on the Patentability of Business Method.By Hiroshi SAKAGUCHI, Nonmember (Intellectual Property Department, IBM Japan, Ltd., Yamato-shi, 242-8502 Japan). 

【ABSTRACT】   特許の対象となり得るのは,技術に関する新しいアイデアに限られると多くの国でおおむね了解されていた.ところが,米国の連邦巡回控訴裁判所の昨年のステート・ストリート・バンク事件判決は,ビジネス方法(技術的には何らの特徴のないアイデアに該当する場合がある)に関するアイデアが特許の対象から外されなければならないことはないと判断した.この判決は米国だけでなく日本でも,特許実務家,技術者,研究者にとどまらず,これまでは特許とは縁の薄かった業界の人々の注目を集めた.

キーワード:発明,特許,ビジネス方法,ステート・ストリート・バンク事件,連邦巡回控訴裁判所,金融,投資信託,審査,コンピュータ,ソフトウェア

1. は じ め に

 コンピュータやインターネット等の発展・浸透に伴い,金融・保険・流通・娯楽等の様々な業界がコピュータやインターネット等の機能を利用した新たな商品形態やサービス形態を開発している.そのような新たな商品形態やサービス形態について特許を取ることができるのだろうか.
 米国ではそのような商品形態やサービス形態に対して数多くの特許が特許商標局により既に付与されている(1).しかし,特許の対象となり得るのは,技術に関するアイデアに限られると,米国を含む多くの国でおおむね了解されていた
ので,そのような特許が本当に有効なのかどうについては米国でも疑問視される場合があった  このような時流の中で,米国の連邦巡回控訴裁判所の 1998 年のステート・ストリート・バンク事件判決(2)は,ビジネス方法に関するアイデア(ここでは,技術的には特徴のないアイデアに該当している)が特許の対象から外されなければならないことはないと判断した.以下では,この米国判決を御紹介する(注1)とともに,日本におけるこの種のアイデアの特許性の判断実務の現状を御紹介する.

2. ビジネス方法の特許性を認めた米国の注目判決

2.1 特許性が判断された米国特許の内容

 米国の連邦巡回控訴裁判所はステート・ストリート・バンク事件において米国特許第 5,193,056 号(3)について,ビジネス方法の発明であることを理由にしては特許性が否定されないという判断をした.  同特許は投資資金の管理運用装置に関するもので,複数の投資(これをスポークと呼んでいる)を一つにまとめて(これをハブと呼んでいる)運用し(図1参照),投資した結果の儲けや損失及び投資資金の管理運用に伴う種々の経費を各投資家に日々配分するというものである(図2参照).この発明によれば複数の投資家が別々に投資信託に投資する場合に比べて,経費を節約でき,税法上の利点もあると,同特許に記載されている.
 同発明は装置として記載されている.しかし,同発明は,例えば,CPU の構造を改良して処理速度の向上を図ったとか,メモリ管理の方法に工夫を施してメモリ資源の有効活用を図った等というような,既存の装置に技術的な改良を加えたものではない.
 同発明は,投資信託法等の法律や税制上の制約がある中で,複数の投資家から集めた投資資金をどのようにして管理運用すれば,投資に伴う経費の削減等を図れるかという点に関するアイデアであり,ビジネス方法に関するアイデアといえる.

2.2 米国の連邦巡回控訴裁判所による,ビジネス方法の特許性の判断

 このような発明について,米国の連邦巡回控訴裁判所は,原審であるマサチューセッツ州連邦地方裁判所の判断を覆し,発明がビジネス方法に関するアイデアという理由で特許を受けられないことはないと判断した.
 ここで,米国特許法の該当条文(同法 101 条)を見てみよう(図3参照).そこには,「いかなる(any)新しい役に立つプロセス,機械,生産品または,組成物,あるいは,いかなる(any)新しい役に立つそれらの改良または発見をした者は(中略),特許を受けられる」と規定されている.
 米国の連邦巡回控訴裁判所は,この条文からビジネス方法は特許できないという解釈はできないという判断を示した.その際,条文中で「いかなる(any)」といっているのは,特許が受けられる対象について,立法者が,ここに書かれていること以外の何らの制限を置く意図がないことを示しているのだとの判断も示した.更に,「いかなる(any)」とは,「太陽の下,人の創ったものすべて(anything under the sun that is made by man)」であるという趣旨の引用もした.
 同裁判所は,自然法則,自然現象,及び,抽象的アイデアは特許になり得ないが,抽象的アイデア(数学的アルゴリズムそのもの,数式そのもの,計算方法そのもの)の実用的な応用については,それは,役に立ち,具体的で,有形な結果(a useful, concrete and tangible result)なので,特許になり得ることも示した.
 同裁判所の判断は,1999 年,米国最高裁判所でも支持された.
 なお,ビジネス方法の発明についても,新規性及び進歩性の要件を満たさなければ特許を得ることができない.

3. ビジネス方法の日本における特許性の判断実務

 ビジネス方法に関するアイデアがコンピュータやインターネット等の機能の利用を前提にしている場合がある.そのような場合には,そのビジネス方法は,コンピュータソフトウェアに関連するアイデアといえる.
 日本でも,コンピュータやインターネット等の機能の利用を前提にしていないようなビジネス方法自体についての特許性あるいは発明の成立性が争われた事件は古くからある(4).
 ここでは,ビジネス方法全般についての日本における特許性の判断実務ではなく,コンピュータソフトウェア関連アイデアに該当する範囲内に限って,ビジネス方法についての日本における特許性の判断実務を御紹介する.

3.1 日本の特許法上の発明の定義

 あるアイデアが特許法で保護されるためには,そのアイデアが発明に該当しなければならない(特記法第 29 条1項柱書き,図4参照).
 また,特許法には「発明」の定義規定(第2条第1項)が設けられている(図5参照).すなわち,発明とは自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう.したがって,あるアイデアの特許性を考えるときに,そのアイデアが自然法則を利用しているといえるのか,あるいは,技術的思想に該当するかを検討することになる場合がある.

3.2 日本の審査実務

 日本の特許庁は,コンピュータソフトウェア関連のアイデアについて,そのアイデアが自然法則を利用しているといえるのか,あるいは,技術的思想に該当するかを審査する際の基準を審査ガイドライン等として公表したり運用したりしてきた(図6参照).

3.2.1 最新版(1997 年2月発行)の審査ガイドライン(5)

 1997 年4月1日以降から今日に至る出願日を有する特許出願には,1997 年2月発行の最新版の審査ガイドラインが適用になる.
 それによれば,アイデアが数学的解法,自然法則自体,自然現象,自然法則もしくは自然現象の数学的表現(例.E=mc2)などである場合,または,そのアイデアが人文科学のみに関するものである場合は,自然法則を利用した手段とはいえない旨が記載されている.
 また,同ガイドラインには,アイデアが以下の(i)から(iii)のいずれかのものである場合には,そのアイデアは自然法則を利用している旨が記載されているので,したがって,特許法上の発明に該当するものとして審査されることになる.
 (i)  ハードウェア資源に対する制御または制御に伴う処理
 (ii) 対象の物理的性質または技術的性質に基づく情報処理
 (iii) ハードウェア資源を用いて処理すること
 したがって,例えば,ビジネス法に関するアイデアが人文科学に大いに関係するものであっても,それが同時に,上記(iii)のハードウェア資源を用いて処理するものでもある場合には,「人文科学のみに関するもの」であるとはいえず,しかも,(iii)に該当するのであるから,特許法上の発明に該当することになる.ここで,ハードウェア資源とは「処理,操作,または機能実現に用いられる物理的装置または物理的要素」のことである.次に,上記(i)から(iii)について簡単に紹介する.

3.2.2 ハードウェア資源に対する制御または制御に伴う処理

 同ガイドラインには,このような処理が自然法則を利用していることになるのは,ハードウェア資源に対する制御には,通常,制御対象の物理的性質または技術的性質(構造上の性質を含む)に基づく自然法則が利用されているからであり,また,この場合に該当するものとして,自動車エンジン用燃料噴射量制御装置の例が挙げられている.

 3.2.3 対象の物理的性質または技術的性質に基づく情報処理

 同ガイドラインには,対象の物理的性質または技術的性質(構造上の性質を含む)に基づく情報理は,自然法則を利用しているといえるとあり,この場合に該当するものとして,コンピュータによる画像処理方法の例が挙げられている.

 3.2.4 ハードウェア資源を用いて処理すること

 同ガイドラインには,一般にハードウェア資源を用いて処理することは自然法則を利用した手段であるといえる,と記載されている.その根拠は,コンピュータのハードウェア資源そのものが自然法則に従っているものであるからと思われる.
 同ガイドラインには,留意事項として,コンピュータを用いて処理を行う場合であっても,コンピュータのハードウェア資源がどのように(how to)用いられて処理されるかを直接的または間接的に示す具体的な事項が記載されていない場合には,「発明」とはしない,と記載されている.このように取り扱うのは,本来的に発明には該当しないものを実質的に特許の対象としてしまうことのないようにするためであるとも記載されている.
 以上のように,コンピュータのハードウェア資源をどのように(how to)用いているかを示しさえすれば,特許法上の発明に該当すると判断されるわけであるが,どの程度の詳しさで「どのように(how to)用いているか」を示せば発明に該当するのかが次に問題になる.
 同ガイドラインは,発明に該当する例と該当しい例とを示しているので,ここに御紹介する.
 図7は,特許法上の発明に該当しない例である.この例が発明に該当しない理由は,「コンピュータを用いて処理すること」は示していても,「コンピュータのハードウェア資源をどのように(how to)用いているか」を示していないからである.
 図8は,特許法上の発明に該当する例である.この例が発明に該当する理由は,「コンピュータを用いて処理すること」を示しているにとどまらず,「コンピュータのハードウェア資源をどのように(how to)用いているか」を示しているからである.
 コンピュータのハードウェア資源をどのように用いているかを示さなければならないといっても,この例に示されている程度の詳しさでよいのであるから,実質的には,非常に広い範囲のコンピュータソフトウェア関連のアイデアが特許法上の発明に該当し得るのである.

4. ま と め

 以上のように,米国でも日本でも,発明者の創意工夫が純粋に技術的なこととはいい切れないものに向けられているアイデアである場合にも特許性が認められる余地が大いにある.特許制度の基本理念は,新しい有益なアイデアを他人に先駆けて創作した者に対して,そのアイデアに基づく経済的利益を一定期間独占させることにより,新しい有益なアイデアの創作を活発化させて,産業を発達させて世の中を豊かにさせることである.コンピュータやインターネット等の発展・浸透に伴い,コンピュータやインターネット等の機能を利用した新たな商品形態やサービス形態に関するアイデアの開発にますますしのぎが削られていくのであれば,そのようなアイデアについて特許が認められることは,特許制度の理念にも合致し得るといえる.

文 献


さかぐち ひろし
坂  口  博
早大・理工卒.日本アイ・ビー・エム(株)知的所有権勤務.


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