【 ネットワークの進化とIP技術 】

青山 友紀

電子情報通信学会会誌
Vol.83 Nol.4 pp.248-256

2000年4月
青山友紀:
正員 東京大学大学院工学系研究科電子情報工学専攻
E-MAIL: aoyama@mlab.t.u-tokyo.ac.jp

■ABSTRACT
本稿ではテレグラムからインターネットに至る電気通信の進化を論じるとともに、インターネットのベースとなっているIPネットワークの今後の技術課題について第2世代及び第3世代インターネットに分類して概説している。
また、これらの課題に取り組む研究開発のあり方についても述べている。

キーワード:TCP/IP、ふくそう制御/QoS制御、Diffserv/Intserv、IPマルチキャスト、フォトニックネットワーク/フォトニックルータ、Stupid Network、Policy-based Network

1.はじめに 2.ネットワークの進化 3.インターネットの展望とIP技術の課題
4.次世代ネットワークテストベッドの必要性 5.む  す  ぴ ■ 文     献





1.は じ め に

 E-Commerceビジネスの興隆やそれに伴うネット関連株価の高騰、ある いは最近のハッカーによる不正な侵入 や有名サイトヘのアクセス妨 害など、インターネットに関連する話題や事件が連日のように報道され ている。

このような事象を見ると、インターネットは単に新しいネットワーク の出現という現象をはるかに超えるインパクトを社会に与えつつある。

インターネットは正に21世紀の社会に不可欠な要素として深く根を下 ろす社会的仕組みとして成長していくことは間違いない。
したがって、インターネットを論ずるには法律、経済、社会、文化の あらゆる側面から取り上げねばならないが、本特集ではこのような21 世紀のネットワーク社会の基盤となりつつあるインターネットをネッ トワーク技術の側面から見て、今後の展開を論ずるのが目的である。

そこで本稿では過去の通信のパラダイムシフトを振り返るとともに、 21世紀のパラダイムを担うために必要なIP技術の課題について概観する。



2.ネットワークの進化

 電気通信の歴史を振り返ると、電気的手法で情報を伝達する最初の システムは1835年にモールスが実用化し たテレグラムであり、こ れは文字をコードに変挽し、コードをディジタル波形で伝達する 「ディジタル」通信であった。

テレグラムは19世紀後半の世界経済、戦争、植民地経営などに大き なインパクトを与えたことは現在のイ ンターネットのインパクト に匹敵する。
明治政府が欧米列強の先進技術を輸入し富国強兵政策を堆進する方 策の一つとして帝国大学を創立し、欧米からお雇い教授を招へいし て学生を教育したが、そのとき東京大学工学部の前進である工部省 工学校に1873年ころ「電信学科」が設立された。

これは当時の最先端ディジタル通信技術を教授するための学科であっ た。
ちなみに「電」の字の付く学科が大学に設立されたのはこれが世界 で最初のことであったことは興味深い(1)。

当時「電気」は物理学の一分野であって物理学科で教えられており、 それを専門に教える学科の設立は日本が世界初であったのである。

 テレグラム全盛の1876年、グラハムベルが電話を発明した。
電話は音声の空気振動を電流に変換して伝えるまさに「アナログ」 通信である。

ベルが取得した特許の実施先を求めて当時テレグラムの総本山であっ た Western Union に特許を売りにいったとき、同社の幹部はこの アナログ通信の持つ意味を理解せず追い返したため、ベルが自ら設 立したのがAT&Tの前進であったことはよく知られている。

電話が20世紀社会に与えたインパクトの大きさはここで改めて述 べるまでもない。
ディジタルからアナログにパラダイムがシフトしたときそれを理解 できなかった先例がここにある。

 電話全盛の時代を迎えていた1969年の秋、米国の西海岸で一つの 実験がひっそりとスタートした。


図1 通信パラダイムの進化


UCLA のコンピュータからSRIのコンピュータに向けて 「login」の文字を乗せたパケットが発信した。

これが現在の「Internet」の起源であるといわれている。
インターネットはコンピュータネットワークであり、完全なディジタル通信である。

ディジタル=〉アナログと発展してき た通信に、再びディジタルが登場した。
電話網もディジタルネットワークで提供されているが、ここでは情報源が何なのかを問題としている。
あるものが全盛を極めているときに登場した新しいものはなかなかその意味が理解されないのが常である。

1990年代に入ってもまだ、インターネットは一部の研究者技術者に使われるツールの一つでしかなかった。
電話会社はWestern Unionのようにインターネットを追い返しはしなかったが、その意味を理解し本格的に取り組んだのは1990年代後半に なってからといってよい。

かくいう筆者自身もインターネットが21世紀の情報インフラに成長するとは夢にも考えていなかった。

ここで筆者が述べたいのはインターネットの登場は図 1に示すように、

−テレグラム=〉テレホン=〉インターネット−

というパラダイムシフトに値する大さな変化を もたらすものと理解した方が間違いがない、ということである。

ネットワークの進化は生物種の進化と同様リニアな変化ではなく、新しい種が突然出現し主役が交代するのが歴史である。

もう一つネットワークの進化に関して認識しておくべきことがある。
すなわち新しいネットワークが誕生し、それで提供されるサービスが指数関数的に増大するユー ザを獲得するまでには、極めて長い研究・開発期間とサービスが開始されても遅々として増えないユーザ数に悪戦苦闘する苦しい期間が大変長いということである。

上述のようにインターネットが急速に増加するユーザを獲得するまで実験開始から25年ほどかかっている。
1979年にアナログ方式の自動車電話サービスが日本で開始されてから携帯電話がブームになるまで15年以上、研究開発を含めればやはり25年近くを経ている。

ISDN は1984年に三鷹で行われたINSモデルシステムで実証試験が始まり、1988年サービスが開始されたが、遅々としてユーザが増えず、“Idea SubscribersDon't Need” と揶揄され、忘れ去られようとする寸前にインターネッ トの伸びとともにそのアクセス回線としての利用を急速 に伸ばしている。
これも研究・開発を含めれば20年近くにはなる。

ATM(Asynchronous Transfer Mode)は1989年のITU標準化以後10年になるが、まだ当初のもくろみはまったく達成していない。

 以上のように新しいネットワークの研究がスタートしてから、サービスが開始されて急速にユーザ数を増やすまでに20〜30年を要することが多い。
すなわち投資が回収されるまでに経営者にとっては気の遠くなるほどの時間がかかるのである。
これがネットワークビジネス以外の人々になかなか理解されない。

このように投資回収までに時間を要する新しいネットワークの研究開発は以前の独占時代の電話会社なら可能であったであろうが、現在の激烈な競争の時代には困難である。

インターネットは政府の資金で長期間研究・運用され、アイデアのある者が自由に参加して技術を発展させ、その有効性が明らかになってから民間に移管された成功例である。

我が国でも次世代ネットワークの研究にはこのモデルが必須であり、それによってネットワークのパラダイムシフトをリードすることが望まれる。

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