【 ウェアラブルコンピュータがもたらすもの 】

柿 崎  夫

電子情報通信学会会誌
Nol.5 pp.365-369

2000年5月
柿崎夫:日本電信電話株式会社NTTサイバーソリューション研究所

Wearable Computer Brings Us Real-reality. By Takao KAKIZAKI, Nonmember (NTT Cyber Solutions Laboratories, NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION, Yokosuka-shi, 239-0847 Japan).

■ABSTRACT
PCそしてインターネットの次の展開として着目されているウェアラブルコンピュータについて概説する.はじめに,ウェアラブルコンピュータ一般,そしてこれまでの研究開発の経緯などについて,最近の動向などを交えて紹介する.次いで,意識しないコンピュータとしてのねらいとそのための技術結集の課題について簡単に紹介する.更に関連する技術ドメインのうち,今後重要となるインタフェース,センシング及びネットワーキングについて現状と方向を展望する.最後に,ウェアラブルコンピュータのもたらすものについて幾つかの見通しを述べる.

キーワード:ウェアラブル,コンピュータ,インタフェース,センシング,ワイヤレスネットワーク

1.はじめに 2.ウェアラブルコンピュータあれこれ
3. ウェアラブルコンピュータのねらい
4. 今 後 の 動 向 5. ウェアラブルコンピュータがもたらすもの ■ 文     献





1. は じ め に

 1998年国内ではマスコミも巻き込んでの“ウェアラブル旋風”が巻き起った.図1は当時の国際会議ロビーでのひとこまである.その後ウェアラブルコンピュータ関連ビジネスの本格化は2003〜5年ごろとの予測が出たこともあってか,最近は少し落ち着いてきたようである.ウェアラブルコンピュータ(以下,本稿ではWPCと呼ぶ)についての大方の理解は,動き回る人間が装着可能であってしかも本来作業あるいは生活の邪魔にならず,人間の周囲の情報を獲得する各種センサを持ち,そしてネットワークに結合している便利な道具である,というところだろう. 現在のところは,CCDカメラとGPS(全地球測位システム)付きの小型PC本体を腰に,片目で見る小型のHMD (ヘッドマウントディスプレイ)をヘアバンド様にそれぞれ装着し,小型マイクを介した音声認識インタフェースを駆使してアプリケーションソフトを動かす,というものが典型例である.WPCの研究は関連分野の研究者にとっても格好の対象であり,そうした成果をまとめた書籍も近々発刊される(1).しかしWPCを何に使うかという本質的命題についての検討はこれからであり,そのための研究会や産官学共同検討会も相次いで発足している.

このようにWPCの関連分野は広範で,しかもまだ混沌とした状況にある.本稿では著者の関係してきた応用分野を中心に,いわゆるパーソナルコンピュータの発展系としてとらえられてきたWPCについて主に紹介したい.時計やGPSといったウェアラブル機器,更に“拡大現実”研究との関連などについては他の記事を参照されたい.

図1.Marilynn with a wearable computer

ウェアラブル国際会議におけるロビーでのひとこま。ほかにエルビスやウェアラブルポリス、ウェアラブルナースなどもかっ歩していた。



2. ウェアラブルコンピュータあれこれ

 (1) 最初の遭遇 図2はNTTが1997年に開発した腕時計型PHSである(2).今ではこの腕P (俗称である)も代表的なウェアラブル機器の一つとされているが,当初はこれを特に“ウェアラブル”とは呼んだ記憶はない.筆者はその当時,ロボット作業現場でのシステム動作プログラミングに使える手軽なコンピュータを探していた.それまではノートパソコン上に人間の位置姿勢センサや音声認識・合成ソフトを搭載して実験していた(3).そんなときに米国製WPCをたまたま雑誌で見つけた.早速開発元とコンタクトして入手したWPCは,2インチモノクロ液晶を使ったHMD,高性能CPUを搭載し腰にぶら提げる重量900gの堅牢な本体,PCMCIAカードスロットもついて無線LANも使えた.ごついとは感じたが,HMDは精細で十分使えるとの感触を持った.  

図2.腕時計型PHS

ウェアラブル型のPHS電話機。音声認識ダイヤル機能を持ち、超小型のマイクロホン、スピーカー、アンテナを内蔵したオールインワン型。容量約30リッポーセンチ、重量は約45gと世界最小・最軽量を実現している。



 (2) 研究開発の歴史  いわゆるWPCの研究は米国からとされ,MITのメディアラボでは広くウェアラブルコンピューティングについて(4),CMUでは主に産業応用を意図した研究が進められてきた.この分野の先駆者であるMann(5)は1970年代からコンピュータを持ち歩くことに興味を覚え,1981年には“WearComp”と称する携帯型コンピュータのプロトタイプを試作している.これは少々大きめだがWPCそのものといってもよく,キーボード,ジョイスティック,テキストグラフィカルディスプレイ,音声記録・再生そして無線対応の機能を持っていた.彼はMITを経て現在はトロント大学で“WPCによるサイボーグ”というべき試みを進めている(6).彼のクラスでは一般の学生が市販のWPCを装着して試験に臨むという光景が見られる.彼自身はいつもやや厚めのベストを着込んでいるが,その中にはWPC本体とバッテリー,そしてワイヤレス機器などが仕込まれており,愛用するサングラスはHMDである.  

 (3) 最近の研究開発動向  WPCには多くの研究課題があるが,今のところはまだハードウェアやインタフェースについてのアイデア提案が主流である.代表的なインタフェースであるディスプレイについては小型の眼鏡型HMDの実用化が待たれている.図3はMicroOptical社製の眼鏡型HMDである(7).現在のモデルは 320×240のモノクロ液晶で,視野角はほぼ10度である.これをWPCで用いるためには十分な視野角でゆがみの少ない画面,視認性向上のための精度確保,更に光学系実装面での課題を解決する必要がある.また,音声入力についてはFukumotoらによる“Whisper”(8)がある.これは骨伝導を利用した,いわば手を受話器にした音声入力・ハンドセットであり,小声で十分で,しかも使用時でも周囲に違和感のない入力インタフェースをねらっている.  WPCのもう一つの特徴にカメラなど各種センサでの情報収集がある.Mannは“WearCam”というコンセプトで,日常の周辺画像をインターネットに発信している(9).その中では一種の広角パノラマ画像が活用されており,WPCを周囲状況の記録ツールとして用いる面白い試みである.WPCでこれにタグをつければメモそのものになる.センサやその基盤となるマイクロマシン技術は日本の研究者や企業も得意とするところであり,その開発の加速が期待される(10).最近の研究動向のうち、特にインタフェースについては福本の解説に詳しいのでそちらも参照されたい(11).

図3.MicroOptical 社製の眼鏡型HMD

片方のレンズにはプリズムが装着されている。現在のモデルは320×240のモノクロ液晶であるが、更に高解像度な次世代機の開発も進められている。
(写真はDoCoMo福本氏提供)


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