1. ITSとは  【 ITSの意義と基本概念 】

高 羽 禎 雄

電子情報通信学会会誌
P528-530

2000年7月
高羽禎雄:正員
 東京工科大学工学部情報通信工業科
 E-mail takaba@cc.teu.ac.jp

Significance of ITS and Formation of Its Basic Concept. By Sadao TAKABA, Member(School of Engineering, Tokyo University of Tecnology, Hachioji-shi,192-0982 Japan).

■ABSTRACT
最近ITS(アイ・ティー・エス)という言葉を耳にする機会が多くなった.ITSはIntelligent Transport Systems(インテリジェント交通システム)の略語で,我が国では高度道路交通システムという名称が用いられている.情報通信分野とも深いかかわりを持ち,2000年から2015年までの15年間で60兆円に及ぶ経済効果を我が国にもたらすと試算されている(電気通信技術審議会答申).ここでは,ITSの意義とともに,その基本概念がどのように形成されたかを述べる.

キーワード:ITS,高度道路交通システム,道路交通の情報化,道路交通管理,自動車情報通信

1. 自動車交通の発達がもたらした課題 2. 解決策 ─ 道路交通の情報化・知能化─
3. ITS(Intelligent Transport Systems)の登場
4. ITSの進展と最近の動向 ■ 文     献  





1. 自動車交通の発達がもたらした課題

 人の移動や物資の輸送などの交通運輸は,古代から社会を支える重要な基盤の一つであった.19世紀における蒸気機関や内燃機関の発明は,動力を用いる鉄道や船舶を登場させて産業革命の推進役となり,20世紀においては自動車や航空機の発達と普及が産業社会の発展に貢献した.中でも1880年代にヨーロッパで発明され,1900年代前半にアメリカを中心として量産化が進んだ自動車は,いま世界全体で約7億台が保有されるに至り,陸上交通の主役として世界を変える働きをした.

 「いつでも,どこへでも,乗換えなしに行ける」,「いろいろな貨物を速く届けることができる」,「旅行目的に応じて荷物を運べ,ときにはグループで移動できる」,「旅行を快適に過ごしたり,移動の時間を有効に活用できる」など,経済・社会活動や余暇活動における個別輸送手段としての利便性や快適性において,自動車は他の交通手段にない特徴を有していることが,今日の状況を生み出した.

 一方,自動車交通の発達がもたらした負の資産として,交通事故による多数の死傷者の発生,都市を中心として発生する慢性的な交通渋滞,交通の振動騒音やCO2,NOx,SOxなどの排出による環境劣化が今日の社会問題となっている.
 自動車事故による死者は,現在,世界全体で年間おおよそ60万人と推定され,世界各地で起る紛争や災害による死者数と比べて際だって多い.我が国では1970年の16,765人を最高として1980年ごろまでにほぼ半減し,その後の横ばい・増加を経て最近は漸減の傾向にある.1999年の全国年間死者数は9,005名に達したが,事故件数と負傷者数はいずれも増加傾向にあり,それぞれ,年間80万件と100万名を越えている. 交通渋滞による損失の試算例としては,全国で年間56億人時間,12兆円という報告がある.

 自動車の排ガスは,1970年代にエンジンとその燃焼制御技術の改善により大きく軽減されたが,なお,NOxの排出は全要因の70%に及ぶ.また,CO2の排出は全要因の20%程度とされるが,CO2の排出はオゾンホールの破壊による地球温暖化を招くことから,その対策が重要課題として国際的な協議の下で取り組まれている.




2. 解決策 ─ 道路交通の情報化・知能化─

自動車交通が発達しその社会的役割が大きくなるとともに,その経済性・利便性・快適性を一層向上させる一方で,社会的課題である事故・渋滞・環境汚染などの対策を図る試みが登場してきた.

 エレクトロニクスやコンピュータなどの新技術が登場した1960年代に,この分野の有識者によって提唱されたコンセプトが「道路交通の情報化・知能化」である.これは,道路交通を形成する道路と自動車に通信・情報処理・計測制御の技術を導入し,インテリジェントな検出・判断・走行制御などの機能を持たせることによって,より高度のシステムを実現しようとするものである.

 安全の確保・向上は交通手段に要求される必須の課題である.例えば鉄道では信号機や軌道閉そくシステム,ATS(自動列車停止装置),CTC(列車集中制御システム)などのシステムが導入されており,航空機や船舶ではレーダなどによる識別システムや位置同定システム,通信連絡手段などを用いた管制システムが稼働している.自動車交通においても,同様にシステム化の手法を導入し,安全性と運行効率の向上を図ることが考えられる.  しかし,この考えを現実のものとするには,自動車特有の問題を克服する必要がある.第1に,自動車は社会を構成する個人が,だれでも,いつでも,どこからどこへでも,自由に移動することを可能にする乗り物であり,道路と一体化したシステムを形成し,経済化や効率化を図るという考えになじみにくい.また,自動車単体の価格は航空機や船舶,鉄道車両などに比べてはるかに低いので,経済的な制約が大きい. 1960年代には,都市交通の改善を図るべく新交通システムの名称で種々の試みが行われたが,現在実用化されているのは無人運転の中量軌道輸送システムのみであり,自動車交通の機能を代替するものは残らなかった.大規模な道路網に相当する軌道網を既存の都市の中に構築するのは,費用だけでなく他の面でも支障が多いからである.  したがって,「道路交通の情報化・知能化」は従来の道路と自動車の基本的な構造や機能を変えずに情報通信による両者の連携を行うこととされ,連携の程度としては

 @ 地上のシステムが収集した情報を自動車に提供する
 A 地上のシステムから自動車に行動指示や勧告を行う
 B 道路と自動車を一体のシステムとし,究極の姿として自動走行も考える

など,いろいろの段階が考えられてきた.

 1960年代から1980年代にかけて,世界の各国ではこのような方向に向けて研究開発や実用化に多くの試みがなされ,有識者・専門家による交流と情報交換も活発に行われた.日米欧各地域での活動の特徴を要約すると次のようになる.

 (1) ヨーロッパ
 自動車と道路交通の歴史のある多くの先進国があり,交通信号制御・FMラジオによる交通情報提供・駐車場誘導などのシステムを実用する一方,経路誘導・道路賦課金・自動運転などの研究開発が進められた.

 (2) アメリカ
 交通信号制御・高速道路の流入調整・ハイウェイラジオなどのシステムに先駆的実績を持ち,1980年代後半からこの分野の活動の組織化を推進した.

 (3) 日 本
 1970年代の交通信号制御・可変情報板・1980年代の路側ラジオなどのシステムの普及,自動車情報通信の諸システムの研究開発を活発に行った.



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