【 マイクロ波工学の展望 ──やわらかなマイクロ波回路へ── 】

相 川 正 義

電子情報通信学会会誌
P595-599

2000年8月
相川正義:正員
 佐賀大学理工学部電気電子工学科  E-mail aikawa@ceng.ec.saga-u.ac.jp

Prospect of Microwave Engineering:Evolution for Adaptive Microwave Circuits. By Masayoshi AIKAWA, Member (Faculty of Science and Engineering, Saga University, Saga-shi, 840-8502 Japan).

1. ま え が き 2. マイクロ波工学の現状と動向 3. マイクロ波工学の特徴と特質
4. 今後の展開 5.む  す  ぴ ■ 文     献




1. ま え が き

 18世紀末から19世紀へかけての機械産業革命を経て,この20世紀はエレクトロニクス産業が繁栄し,21世紀を目前にした現在は,第3の産業革命ともいうべき情報通信革命に突入したといわれている.その中で「マイクロ波工学」は1940年代のレーダ技術開発を起点としており,エレクトロニクス産業の進展とともに発展してきた.したがって,元来,軍事的性格が強かったが,今日では情報通信を中心として幅広い民生分野で活用されており,現代社会にとってなくてはならない基盤技術となっている.ここではマイクロ波工学の立場からその現状を概観するとともに,その将来について私見を交えて展望する.会員諸氏にとって少しでも御参考になれば幸いである。



2. マイクロ波工学の現状と動向

 マイクロ波工学の対象とする周波数は1GHzから1,000GHzまでとされており,その自由空間波長は30cmから0.3mmとなる.現在のところ100GHz以上は電波天文や軍事用など特別の分野に限られており,多くは100GHz以下の周波数帯が一般的に利用されている.主に軍事用技術として発展してきた歴史があるが,今日では,通信・放送から家電,各種のセンシング,医療等で不可欠な技術となっている.図1にマイクロ波工学の主な要素技術,それを支える関連基盤技術及び主要応用分野を示す.

 現在のマイクロ波工学の関係する要素技術は多岐にわたっており,むしろ最近では関連技術あるいは関連する応用分野との境界線を引くことは困難となりつつあり,技術の融合化が進んでいる.その実情は,マイクロ波工学の国際会議の状況にも反映している.例えば,IEEEのMTT-S(国際マイクロ波会議)やAPMC(アジア・太平洋マイクロ波国際会議)等におけるテクニカルセッションは,材料からデバイス,コンポーネント,回路と設計,機能モジュール,集積回路,アンテナ,装置とシステム,電磁界解析やCAD等,多岐にわたっている.これは,マイクロ波工学がエレクトロニクス技術の基本原理を数多く包含していることからも説明できるが,それよりも産業界や応用分野においてマイクロ波技術がますますその必要性を高めていることがその背景にある.事実,最近のマイクロ波工学の国際会議は,多数のそして幅広い分野からの研究者や技術者が参加しており,例えば,1999年のIEEE MTT-Sへの参加者は,1万人以上(技術展示を含む)と報じられている.また,我が国においても同様であり,1999年12月開催のMWE'99(1999 Microwave Workshops and Exhibition)への参加者は5,000名以上に達している.

 マイクロ波工学の応用分野は,まず第1に通信・放送等のいわゆるワイヤレス応用分野である.特に移動体通信では,情報通信革命の波の中でますますその重要性は高まりつつあり(1),後述のように求められている技術も多様化している.また,光応用分野については,もともとマイクロ波工学の多くの基本原理に基づいて発展してきたために,相互の技術的関連性が大変高い.周知のように,光ファイバ,半導体レーザ,外部光変調器などいずれにもマイクロ波工学における導波路や共振回路,遅波回路や周波数選択性回路,回折格子などを活用した技術を含んでいる.また,マイクロ波技術と光伝送技術の複合化(2)は,無線伝送と光伝送のシステム的融合へと発展しつつある.更に,光の超広帯域性や並列制御性などの特徴を生かしたマイクロ波光波融合技術(3)(マイクロ波フォトニクス)も様々な視点から検討されている.そのほか,マイクロ波技術は各種のレーダに代表される様々なセンサ技術,電波天文,医療などの様々な分野で利用されている.このように,マイクロ波工学は広範囲な応用分野の基盤技術であり,特に市場規模がますます拡大している移動体通信,高速化が進んでいる光ファイバ伝送,更には将来性を期待されている高度道路交通システム(4)(ITS)等を中心として進展している.そこでは次のような実用フェーズの主要課題への取組みが進んでいる.


 (1) 装置化技術による経済化

 例えば携帯電話やPHSで代表されるように,マイクロ波技術は人々に大変身近なものになったが,これはモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC)に代表される高周波技術の量産・低コスト化が大きく貢献している.更に次世代の無線通信や超高速光ファイバ伝送等のシステムニーズを考慮すると,30GHz以上の高周波数帯においても装置コストの大幅な低減が不可欠である.ミリ波帯装置のコストは,主として装置の組立て調整及び検査工程にあり,そのための実装技術の検討が幾つかのアプローチで進められている(5).いうまでもなく,本命となるべき技術は,ユーザにその存在を余り意識させることなく,その効用を享受させるレベルまで到達することが必要である.その意味では,高周波あるいは高速であるがゆえのコスト高は許されず,低コスト化を実現する高周波帯装置化技術の変革が当面の主要課題である.

 (2) 高速・高周波化を中心とした高性能化

 アナログ回路を中心としたマイクロ波装置の性能は,高周波半導体デバイスの性能に依存するところ大である.マイクロ波工学は,使用する半導体デバイスの性能を最大限に引き出す設計技術の確立が常に主要な課題である.高周波半導体デバイスは,化合物半導体系トランジスタであるGaAs MESFET,HEMT,更にはHBT等(6)が動作周波数や所要性能に応じて適宜選択・採用されているが,低コスト化を指向したシリコン(Si)系高周波半導体デバイスの開発も進んでいる(7),(8).これらの高周波半導体デバイスとそのモデリング技術の進展とともに,MMIC等の回路設計技術や集積回路技術は引き続き着実に進展するであろう.また,ミリ波帯以上の回路 技術として,低損失な誘電体導波路であるNRDガイド(9), 更にはマイクロマシンのマイクロ波技術への応用(10)も研究が進んでいる.

 (3) 次世代システムを指向した機能高度化

 一般の高周波帯装置は,比較的単純な機能で構成されている.すなわち,増幅,周波数変換,周波数選択,発振,変調などのアナログ機能回路を縦続接続することで所要の装置が構成されている.多くの装置はそれで事足りてきたが,次世代無線通信システム等の開発,例えば,ソフトウェア無線(11)等のための高速適応制御型機能アンテナ(12)やダイレクトコンバージョン(13)など,高速あるいは高周波帯の新たな機能が求められている.



図1 マイクロ波工学の主要要素技術と関連技術及び主な応用分野



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