【 マイクロ波工学の展望 ──やわらかなマイクロ波回路へ── 】】




3. マイクロ波工学の特徴と特質

 マイクロ波工学の最大の特徴は,対象とする周波数が高いがゆえにその波長が短くなり,その結果,回路や装置の物理寸法がおおむね波長オーダとなる.そのために,ハードウェア設計においては,マクスウェルの電磁方程式に基づいた精密な電磁理論解析を行う必要があり,更には分布定数等価回路として扱うことにもなる.

 マイクロ波工学の特質を再認識するために,その核となる主な基本原理あるいは動作原理を大別すると,

(1)電磁理論に基づく波動現象,
(2)伝送理論・回路理論に基づく動作原理,
(3)材料特性やデバイス構造に基づく動作原理,

となる.

これらは,これからの独創的技術の開拓に向けて,温故知新のための発想の原点として重要な存在である.  


(1) 電磁理論に基づく波動現象

 ここでは「マイクロ波回路」という用語を広義の意味で用いることとする.すなわち,それは金属や誘電体で構成する各種の導波路をはじめとして,共振器,マイクロ波IC線路,平面回路,アンテナなどとする.これらの回路上には,それぞれの境界条件に応じて固有の波動場を形成する.その境界条件は,導波路の場合は二次元境界値問題となり,よく知られているように物理形状で決まる固有値とその固有関数で伝送姿態が決まる.平面回路,各種の共振器,更にはアンテナ等の一般のマイクロ波回路も,それぞれの境界条件に従って固有の波動場を形成する.これらは,それぞれの境界条件下で時間空間的にコヒーレントな電磁界となる.アンテナの場合は開空間における電磁場を形成し,一般のマイクロ波回路は限定された空間内の波動場である.なお,いうまでもなく,これらの電磁界には,干渉,共振,反射,回折あるいは放射などの波動現象の基本的性質を具備する.

(2) 伝送理論・回路理論に基づく動作原理

 高周波であるがゆえに,各種の導波路は分布定数線路として等価回路表示することになり,それを利用して多くのマイクロ波機能回路が設計・開発されてきた.その中でも周期構造の導波路は,遅波回路としてあるいはその周波数選択性を利用したフィルタ等へ発展してきた.遅波回路は電磁場と電子ビームとの相互作用を可能にして進行波管が開発され,また,電子ビーム走行時間を積極的に利用してクライストロンが実現されるなど,様々なマイクロ波管が開発された.これらの動作原理は,今日では半導体レーザや光外部変調器などに代表される光技術分野で多くの活用例が見られる.この周期構造に関して,最近注目されているのがPhotonic Band-Gap (PBG)(14)である.これは光波とマイクロ波の典型的な境界技術であり,マイクロ波領域では,マイクロ波集積回路やアンテナ用平面給電回路において二次元周期構造を中心として,遅波機能や不要波阻止機能等の実現を目的とした研究が活発である.  非線形技術の典型的な事例としては,非線形リアクタンスを用いたパラメトリック増幅器があり,主に低雑音増幅器として活用されてきたが,最近では光波によるTHz(テラヘルツ)帯発生等でも応用されている(15).更に,上記(1)の波動現象の基本的性質である干渉や共振は,相互位相同期や引込現象等を生起させる.

(3) 材料特性やデバイス構造による動作原理

 周知のように,磁性体や弾性表面波材料は非可逆回路や高周波フィルタ等に利用されている.更にマイクロ波デバイス関係では,古くはエネルギーバンド理論に基づくメーザ増幅器があり,更に電子走行時間効果を活用したインパットダイオードやガンダイオード等のマイクロ波発振・増幅デバイスが開発された.更に電子移動度,飽和速度並びに絶縁性に優れたGaAsやInPなどの化合物半導体を用いたMESFETやHEMT等のマイクロ波トランジスタが開発されて,現在のほとんどのマイクロ波装置はこれらのトランジスタを用いたMMICで構成されている.また,高温超伝導体は,その優れた低損失性によってマイクロ波帯フィルタとしても利用されている.他の産業分野と同様に,マイクロ波工学も材料とデバイス技術の進展に大きく依存しつつ発展してきた歴史があり,今後も新材料や先端的な製造技術とともに発展していくであろう.

 以上,マイクロ波工学に利用されている基本原理や特質を概観してみたが,その中でも一番の特質は,「マイクロ波という高い周波数であることを背景として,波長オーダのマイクロ波回路に形成される波動現象を最大限に活用しているのがマイクロ波工学である」ということができる(図2).現在の無線通信や光伝送技術を精査するとその多くの原点はマイクロ波工学にあり,またエレクトロニクス分野における多くのアイデア・着想の宝庫である,といっても過言ではない.その理由として,(a)マイクロ波工学は,波動現象の基本原理を包含していること,更に(b)研究者・技術者にとって,マイクロ波回路の波動現象はイメージ化の材料あるいは思考の基礎的対象物として最適かつ比較的容易であること,の二つが挙げられる.


図2 マイクロ波工学の基本的特質




4. 今後の展開 (やわらかな,そしてかしこいマイクロ波回路へ)

 2.に記述したように,マイクロ波技術は社会的需要並びに産業界からのニーズに呼応して,装置の経済化,高性能化及び高機能化が今後とも進展していくことは確実である.それと並行して,次世代ワイヤレス通信等の開発において,下記のような「やわらかなマイクロ波回路」技術と呼ぶべき機能の開拓が求められている.すなわち,次世代移動体通信装置の汎用性と環境適応性は装置機能として不可欠なものになってきており,無線搬送波信号のマルチバンドの送受信,ダイレクトコンバージョン機能(16),アダプティブアレーアンテナ等の研究開発が活発に行われている.更に,適応制御型の高周波フィルタやミリ波帯周波数シンセサイザ等も必要になると思われる.このような「やわらかなマイクロ波回路」機能を実現するための基本構成としては,図3に示すようにマイクロ波回路と回路エレメント(半導体デバイスやMMIC)の一体的複合化(インテグレーション)が有望である.ここでいう「マイクロ波回路」は3.でも述べたように導波路やアンテナ等も含めた広義の意味である.また,「回路エレメント」は,集中定数回路素子からトランジスタやダイオード等の能動素子,更にはMMICやLSI等である.この回路エレメントを波動場を形成しているマイクロ波回路にインテグレートすることによって,従来,「固い」というイメージのあるマイクロ波ハードウェアに電子的制御性や適応制御性を付加して,「やわらかなマイクロ波回路」へ変身させる道が開ける.このインテグレーション法については,マイクロ波回路と回路エレメントの構成法によって様々なバリエーションが考えられる.すなわち,マイクロ波工学や高周波帯装置にかかわる研究者や技術者の知恵の出しどころでもある.この「やわらかなマイクロ波回路」の具体的な既存技術としては,アクティブアンテナ(17)が典型的である.この「やわらかなマイクロ波回路」の本格的な技術展開はこれからであるが,最近の事例では,例えば文献(18)で紹介されている“Reconfigurable Antenna Aperture”は,動作帯域や偏波,更には放射特性の可変制御性実現を指向した機能アンテナの提案であり,この方向に向けたチャレンジ性の高い研究であると思われる.

 更に,この「やわらかなマイクロ波回路」に加えて,マイクロ波回路(あるいは光波回路)と回路エレメントの有機的一体化は,回路素子間に相互結合や位相同期をさせるとともに,更に非線形ダイナミクスを積極的に活用することによって,新たな情報処理分野の開拓につながる可能性も潜在的にある.これは「かしこいマイクロ波回路」と呼ぶべきかもしれないが,ここでは次々世代のマイクロ波技術となり得る可能性がある,という程度に止めておいて今後の展開に期待したい.

 この「やわらかなマイクロ波回路」や「かしこいマイクロ波回路」の実現において,「回路エレメント」として中心的役割を担う要素技術は,間違いなくMMICであろう.すなわち,MMICは,産業の米(LSI)ならぬ「高速・高周波帯機器の米」とも呼ぶべき基本技術である.特に今後の機器開発において必須の要件は,(a)市場ニーズにタイミング良く,かつ適切な価格で提供できること,(b)トータルソリューションとしての装置機能の実現,の二つである.これらの要件は,カスタム化と高集積化が進んでいる最近のASIC LSIやシステムLSIの需要動向そのものであり,そのために設計と製造の分業,すなわち,ファブレス設計事業とファンドリー事業への水平展開も進んでいる.この動向によくマッチする高周波技術が三次元MMIC(19)であり,その回路構造を積極的に利用する「マスタスライス型MMIC」(20)である.また,前述のように高周波装置はその経済化が重要な課題であるが,そのためにはMMICチップの実装・装置化の技術変革が不可欠である.そのブレークスルーもマイクロ波回路とMMICのインテグレーション技術が握っていると思われる.




図3 マイクロ波回路と回路エレメントのインテグレーション




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