1.総   論 【 1-2グローバルコンピューティング時代のシミュレーション  】

関   俊 司

4. メタコンピュータ

 LANのような比較的小規模なネットワークから,インターネットのようなグローバルな規模のネットワークまで,およそネットワーク上に仮想的な計算機環境を構築し,大規模な並列処理を行えるようにしたシステムをメタコンピュータあるいはグローバルコンピュータと呼ぶ.このメタコンピュータという言葉は,1990年代前半,当時NCSA(National Center for Supercomputing Applications)の所長だったLarry Smarr(19)が発案したものである.

 この考え方をベースにして,米国のArgonne国立研究所のIan Fosterらは,高性能な計算資源を供給する普遍的なインフラストラクチャを意味するコンピュータグリッド(Computational Grid)というコンセプトを提案した(5).これが意味するところは,電力供給ネットワークとのアナロジーを考えると理解しやすい.現代社会では,コンセントにプラグをさすだけで電気を使うことができるインフラストラクチャが提供されている.このとき,自分が使っている電気が,どこの発電所で発電されたものかを考える人はまずいないだろう.コンピュータグリッドは,まさしく計算資源について同様の環境を提供するインフラストラクチャであり,ネットワークに接続するだけで,計算機の所在などを意識することなく,いつでも必要なだけの計算資源を利用できる環境を提供しょうとするものである



図 5 Pharosシステムの構成概念
 ユーザはネットワークに接続するだけで,ネットワークそのものを高性能計算環境として利用できる.ジョブのスケジューリングや負荷分散は,ネットワークが自律的に行い,ユーザは意識する必要がない.



 メタコンピュータの研究は,Globus(20),Legion(21),Ninf(22)などをはじめとする数多くのプロジェクトで精力的に進められている.この中のGlobusプロジェクトでは,GUSTO(Globus Ubiquitous Supercomputing Testbed Organization)という仮想的な広域分散並列計算環境のテストベッドを提供しており,その規模は,2000年2月時点で,23か国,125のサイトにも及ぶ.そして,このテストベッド上では,宇宙空間におけるブラックホールの衝突に関するシミュレーションから量子モンテカルロシミュレーションまで,種々のアプリケーションの開発及び検証が進められている.

 メタコンピュータのような広域分散並列計算環境の構築にあたっては,ユーザの認証,異機種の計算機における通信及びプロセスの制御などの機能を提供するミドルウェアが重要な役割を果たす.Globusプロジェクトでは,このようなミドルウェアをGlobus Metacomputing Toolkitとして公開している.NASAが提供しているIPG(Information Power Grid)においてもGlobusのToolkitが採用されており,この種のミドルウェアとしてデファクトスタンダードになりつつある.

 また,このようなミドルウェアに加えて,ユーザレベルでは,ネットワーク上に分散した計算機を意識することなく,あたかも自分のデスクトップにある計算機でシミュレーションを実行しているかのように,ネットワーク上の計算資源を利用できる環境(Computing Portal(23)と呼ばれる)の構築も重要である.我々は,図5に示すように,ギガビットイーサネットをバックボーンとするネットワークに接続された機種の異なる複数のワークステーション群を一つの仮想的な計算環境と見なしてシミュレーションを実行できるシステム“Pharos”を開発し,研究所内で試験的に運用している.このシステムでは,ユーザのデスクトップ上に,Javaアプリケーションで記述されたユーザインタフェースが常駐し,シミュレーション用データの作成,計算結果の可視化を行う.実際の計算は,ネットワーク上の計算機の中で,シミュレーション実行時点での負荷が最も小さい計算機において実行される.このシステムでは,ユーザがシミュレーションに必要な計算機資源の所在を意識することなく,あたかも自身のデスクトップ上で計算している感覚でシミュレーションを行うことができる.

 今後は,ネットワークの通信遅延やバンド幅などの変化を検知して,その都度シミュレーション用のソフトウェアをコンパイルし直すJIT(Just in Time)方式のコンパイラ技術も,ネットワークのダイナミックな変化に対してソフトウェアを最適化してゆくために重要な技術となるだろう.その意味で,プログラムが自分自身の構造や計算方法を動的に変更できる自己反映的なJITコンパイラ(24)などの研究に期待が持たれている.




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