電子波で見る電磁界分布 【 ベクトルポテンシャルを感じる電子波  】

外 村 彰

電子情報通信学会誌

Vol.83 No.12 pp.906-913
2000 年 12 月
外村 彰:(株)日立製作所基礎研究所

E-mail tonomura@harl.hitachi.co.jp
Microscopic Distribution of Electromagnetic Fields Observed by Using Electron Waves:Electron Waves Feel Vector Potentials. By Akira TONOMURA, Nonmember (Advanced Research Laboratory, Hitachi, Ltd., Saitama-ken, 350-0395 Japan).

■ABSTRACT■
 電磁界とは,一体何だろうか? ファラデーが考えた電気的緊張度,マクスウェルのベクトルポテンシャル,そしてアハラノフ・ボーム効果などを歴史的にたどりながら,電磁界とは何かを,電子波を用いた実験を交えながら考えてみたい.

キーワード:電子波,ベクトルポテンシャル,電磁界,位相,干渉




■1. は じ め に

 電界や磁界は目で見ることはできないが,日常の現象を通してごく身近なものとして感じることはできる.セーターを着込んでドアのノブに触れると,パチッと放電することがある.そんなとき,身体の周りには強い電界が発生しているにちがいない.マグネットで紙を金属板にはり付けることができるのは,マグネットの周りに磁界が出ているからである.

 電界と磁界が時間的に変動しながら空間を伝搬していく電磁波も目で見ることはできないが,我々の周囲には,数えられないほどたくさんの周波数の波が飛び交っている.ラジオやテレビを置けば,音声や映像が伝わってくる.遠く離れた人からも携帯電話に電話がかかってくる.考えてみれば,マクスウェルが理論的に導き出した電磁波や光ほど不思議な存在はない.媒体がなくても伝わる波で,真空中であれば減衰することなく宇宙の果てからでも伝わってくる.この見えないけれども身近にあふれている不思議な電磁気について考えを巡らせてみたい.




■2. ファラデーやマクスウェルが考えた電磁界

 かつて電気現象と磁気現象は,全く別の現象と考えられていた.しかし,電荷同士,磁荷同士の間に働く力は,ニュートンの万有引力の法則と同様,距離の二乗に反比例することなどから,何らかの共通性があると思われていた.電界E と磁界B との間に関連があることを最初に突き止めたのは,エルステッドである.彼は,カントの熱烈な崇拝者で,カントの教えに従って,種類の異なる力であっても,互いに変換し得ると信じ(1),電界と磁界の関係を長年にわたって調べ,電流の周りに,それを取り巻く磁界が生じることを見いだした.

 後にファラデーは,磁石をコイルに出し入れしたときに,電界が発生しコイルに電流が流れることを見いだす.電流は,なぜ流れるのだろうか?――ファラデーはこう考えた.コイルが磁界の作用下にあるとき,コイルは何か特別な緊張した状態(電気的緊張度(用語):Electrotonic State)になる.この状態のままであれば,何の変化もないが,磁石を動かして,電気的緊張度を変化させると,電流が流れると….

 ファラデーは,その実体が何なのか分からず,後に,磁力線がコイルを横切ったときに電流が流れるという,我々に馴染みの考え方を導入する.しかし,その後も電気的緊張度のことがずっと気になって,何度も考え直しているが,結局それ以上の進展はなかった.

 これを引き継いだのがマクスウェルである.ファラデーが電磁誘導を見つけた1831年に,エディンバラで生まれたマクスウェルは,1856年,ベクトルポテンシャル(用語)A こそが電気的緊張度を表す量であると考え,電気的緊張度の理論を作る.

 B =rot A (1)     E =−∂A /∂t(2) 

 この二つの式は,EBA を通して互いに関連していることを示している.すなわち,A の空間分布にRotation,つまり渦があるとB が生じ,A が時間的に変化するとE が生じるというわけである.



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