大津 元一

電子情報通信学会誌

Vol.84 No.1 pp.26-32

2001年1月
大津元一:正員 東京工業大学大学院総合理工学研究科

E-mail ohtsu@ae.titech.ac.jp

Nano-photonics and Its Overlook. By Motoichi OHTSU, Member(Interdisciplinary Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology, Yokohama-shi, 226-8502, Japan).




■1. ま え が き

 フォトニクスは光の利用技術であり,その代表例はディスプレイ,光メモリ,光通信などである.1960年に発明されたレーザにより人類は制御可能で優れた特長を持つ光を手にすることができ,それによりフォトニクスを発展させて現代社会の高度情報化の一翼を担ってきた.これを支える基盤部品は電子デバイスと光デバイスであり,その作製技術の一つとして光による加工が用いられ,通信,情報機器には半導体レーザ,ガラスファイバなどの光デバイスが組み込まれてきた.今や我が国のフォトニクス関連の産業規模は電子工業産業の約2割,すなわち約5兆円に達している.


図1、フォトニクスとその回析限界
ナノフォトニクスは回析限界を打破し、21世紀の社会の要求にこたえる。


  ところで従来のフォトニクスはナノメートルの寸法を意味する「ナノ」の概念とは相いれない.なぜならば光の回折(用語)のために,光を使うとその波長より小さい物質を扱うことが原理的に不可能だからである(扱うことのできる最小寸法は回折限界(用語)と呼ばれる).したがって光を使う限り図1に示すように数百nm以下の寸法の光技術,すなわち光デバイスのナノ寸法化は原理的に不可能であり,ナノ寸法のフォトニクスは実現しないことを意味する.

  しかし21世紀の社会はこの実現を要求している.本稿ではこれを指摘し,更にそれを実現するための技術的ブレークスルー,すなわち,従来不可能とされてきたナノとフォトニクスの概念を結合させるナノフォトニクス(1)の進展について概説する.

 


■2. 21世紀の社会の要求

  本章ではフォトニクスの代表的な三つの例を取り上げ,21世紀,特に2010〜2020年を目安とした将来の社会が要求する事柄とそれに関する問題点を列挙する.


図2 各種の光メモリの記録密度の進歩の様子
光の回折による高密度化の限界値は20〜30Gbit/in2であるが,
2010年に社会が要求する値はその数十倍の1Tbit/in2である.

 (1) 光メモリ

 光メモリの記録密度は図2に示すように急速な進歩を遂げてきたが,それは回折限界(用語)との戦いであった.すなわち凸レンズで光ディスク面に光を絞ったときのスポット径の最小値は光の波長程度なので,これを小さくするために光源の短波長化が図られてきた.CDでは近赤外光,DVDでは赤色光が使われ,次世代DVDでは青色レーザを使うべく技術開発が行われている.しかし,光の回折による記録の高密度化の限界は20〜30Gbit/in2とされている.一方,光メモリ技術の将来動向予測をまとめた「光テクノロジーロードマップ報告書」(情報記録分野)(2)によると今後は社会的背景の変化,生活スタイルの変化にこたえるため情報需要量が一層増大すると予測されている.例えば2010年には各家庭で必要となる光メモリの記録密度は1Tbit/in2(再生速度としては100Mbit/s)と見積もられている.この値は回折限界より数十倍大きく,このことは1bitの情報を記録するための加工の寸法として25nm程度まで小さくしなくてはならないことを意味している.したがって従来の光メモリ技術では原理的に実現不可能な値である.ただしこの値が実現すれば2010年における光メモリと磁気ディスクを合わせたメモリ産業市場は世界全体で30兆円以上の大きな規模になるとともに,新たな周辺産業を形成すると期待される.

 (2) 光通信システムと光デバイス

 現在の光通信システムを支える光デバイスは半導体レーザ,光導波路などであるが,これらのデバイスの中に光を閉じ込めるためにその寸法を100〜1,000 μm程度にしている.これは電子集積回路中の各デバイスの寸法に比べて非常に大きい.これらの光デバイスを回折限界まで微小化しても1μm程度が限度である.このように現在の光デバイスは寸法の微小化に限界があり,それに伴って動作電圧やしきい値の低減という省エネルギーの面でも問題を抱えている.一方,「光テクノロジーロードマップ」(情報通信分野)(3)によると,光通信システムでは長距離国際統合網において2010年には10Tbit/s(10,000km)の通信容量が必要とされる.この要求に対しては既存のデバイス技術の高度化により対応可能と考えられているが,2020年代になると,急増するインターネット情報などの授受のために小型で高効率の新しいデバイス(1,000×1,000の光スイッチ用デバイス,数mVで駆動可能な低電圧光変調器,低駆動電力の光源など)の開発が必要となる.そのためにはデバイスの寸法は20〜50nmまで小さくする必要がある.しかしこの値は回折限界を超えており,現状の技術で実現することは不可能である.

 (3) 微細加工

 光を用いた微細加工の代表例であるリソグラフィーは被加工物に所望の光学像を縮小投影し,その像を被加工物に転写して所望の集積回路を作る技術であり,これは1980年代からの一貫したDRAMの高集積化に牽引されて発展してきた.加工寸法の最小値は回折限界のために光の波長程度に制限されるので,これまでの微細加工技術は主に加工用の光源の短波長化によって進展してきた.そして我が国の産業界では共同・統合化,国家予算の導入による共同研究を積極的に進め,1GbitのDRAM製造の研究以降,ArFエキシマレーザ,F2レーザや極端紫外光源を用いたリソグラフィー技術を開発してきている.しかしながら,これらの短波長化は光源をはじめとして多くの周辺装置の更新を余儀なくされ,結果として膨大な設備投資を必要としている.一方,大きな規模を堅持する市場の獲得競争は激化の一途をたどったため過当競争となり,高水準の利益を生み出しにくい状況を生じてきている.更に我が国の産業界では予想をはるかに上回るDRAMの価格低下による業績不振のために,CPUなどの高付加価値半導体に支えられた米国,通貨と人件費の点で有利な韓国・台湾に対抗し得るだけの投資力が薄れつつある.この状況を打破するためには従来技術路線にない安価な量産加工技術の登場が待望される.

 以上の三つの例をもとに考えると,21世紀の社会は数十nmの寸法の微小な光を発生し,それを用いた微小な技術を要求していることが分かる. しかし従来のフォトニクスで用いられている光を使う限り,回折限界のためにこの要求にはこたえられない. すなわち,上記三つの例に示される要求は回折限界のかなたにある.3.では回折限界を打破し,これらの要求にこたえる新技術,すなわちナノフォトニクスについて展望する.




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