大津 元一

 3.4 ナノ寸法の光集積回路

 近接場光を用いれば従来の光技術では不可能であったナノメートル寸法の新しい光デバイスの開発が可能となり,2.(2)に記した要求にこたえることができると期待される.そのためにナノ寸法の微小な光デバイスとその集積化のための単一量子ドットによる発光デバイスの提案,スイッチング機能の検証実験が既に行われ,更には3.3で述べたようにこれらのデバイスを製作するための光化学気相堆積法の開発が進んでいる.例えば,図8に示すように,金属の細線(図7(a)),発光半導体ドット(図7(c))などを共通基板の上に堆積させれば,半導体微粒子に電流を流し,エレクトロルミネッセンス発光させ,更には増幅,変調,受光する機能を持つナノメートル寸法デバイスが可能となる.これは微粒子により近接場光を発生させ,そのエネルギーを授受することにより機能する.


図8 ナノ寸法の光集積回路の構成

共通基板の上に堆積した微粒子に発光,増幅,変調,受光機能を持たせ,
近接場光のエネルギーを授受して信号処理・伝送する.



 そのためには,各微粒子の寸法は量子サイズ効果が期待できる程度(約30nm以内)であること,近接場光のエネルギーを授受するために微粒子間隔は微粒子の寸法程度まで近づいていること,の二つの条件が必要である.これが実現すれば,半導体レーザや光導波路などから構成される従来の光集積回路に比べて寸法が各々百分の一〜千分の一のナノフォトニクス用の光集積回路となり得る.この2条件を満たすデバイスは3.3で記した近接場光による加工方法により実現可能と期待されている.実際に図7(b)に示すようにZnの二つの微粒子がその直径程度まで近接して希望する位置に堆積されている.一方,近接場光による光スイッチ機能については図9に示すように既存の半導体(InGaAs)の単一量子ドットに対して確認されている(5),(6).


図9 InGaAs半導体の単一量子ドットによる光スイッチ機能の実験結果

矢印のところでは制御用の光を入射しているので,
スイッチが開かれており,信号が伝送されていない.



 なお,図8の微小な光集積回路を周辺の巨視的な回路と連結して使うために,これらの回路との接続方法,更に集積回路内部での各微粒子間での近接場光信号の逆流の回避,などの動作原理に関する研究が進んでいる.また,光集積回路の信号処理速度,消費電力,などについても検討が始められている.  このようなナノ寸法の光デバイスに至る前段階での試みも行われている.すなわち半導体量子井戸の中の励起子によるポラリトン波動を利用してナノ寸法の光導波路を作り,干渉型の光スイッチを構成する方法(7),金属細線を光導波路として利用する方法(8)などである.

 


■4. ま  と  め

 本稿では既存のフォトニクス技術には回折限界があること,21世紀の社会の要求はこれを超えた高度なものであることを示した.そして,回折限界を打破しこれらの要求にこたえるために近接場光を利用したナノフォトニクスが進展している様子を概説した.これはフォトニクスがカバーする多くの部分を革新し得る技術であり,そのもたらす成果は大きい.例えば光メモリの記録密度1Tbit/in2は巨大な値であり,これを活用するためには超高密度,大容量光メモリに対する製作者,使用者のとらえ方の発想転換さえ要求されている.

 ナノフォトニクスは単なるフォトニクスの微小化にとどまらず,情報,バイオ,フォトニクス,エレクトロニクスを融合した新概念である.ただし,まだ歴史が浅いため未熟な点も多い.今後のナノフォトニクスの技術はその形態を少しずつ修正しながら,社会の要求にこたえられるように進展していくと考えられる.



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