●解説     雨宮 好文


 3.2 ELF電磁界の防護指針

 (1) 電界強度と磁束密度の限度値

 ICNIRP 1998指針は周波数1Hz近辺から300GHzにわたる電界強度,磁界強度,及び磁束密度の限度値(参考レベル)を示しているが,そのうち25〜約800Hzの範囲の電界強度と磁束密度の限度値を抜き書きすると表4となる.

 例えば,職業人の電界強度限度値と磁束密度限度値は,50Hzでは10kV/mと5Gであり,60Hzでは8.3kV/mと4.2Gとなる.また一般人については50Hzでは5kV/mと1Gであり,60Hzでは4.2kV/mと0.83Gとなる.

 ここで,職業人の電界強度限度値10kV/m(50Hz),8.3kV/m(60Hz)は,あらゆる状況についての接触電流による電撃を防ぐことができるように十分に大きなマージンを取ったものである.一般人についてはこの値の1/2と定められた.磁束密度限度値には接触電流は関係せず,一般人については職業人の限度値の1/5と定められている.


  (2) 我が国の送配電線の場合

 我が国の送電線,配電線による磁束密度の最大値は表5のように計算で見積もられている(6).送電線直下,地上1mで0.2G程度であることが知られる.この値は一般人の磁束密度限度値1G(50Hz),0.83G(60Hz)を超えていないことから,送配電線の磁界による健康影響はないことが知られる.

 また,我が国の送電線,配電線による電界強度は,以前から電気設備規準(通産省令)によって3kV/mという規制値以下に抑えられている.この規制値は一般人の電界強度限度値である5kV/m(50Hz),4.2kV/m(60Hz)以下であることから,送配電線の電界による健康影響もないことが知られる.





■4. ELF電磁界の測定例

 4.1 測定と注意
  (1) 無じょう乱界の測定

 対象とする空間内に人が入っていない状態での電磁界すなわち無じょう乱界の電界強度と磁束密度を測定し,これらのどの値も表4の限度値を超えなければ安全であると判定する.電磁界には向きがあるので,測定器出力が最大になる向きに測定プローブ(電界センサと磁界センサ)の向きを変えて測定を行う.向きを変えなくても最大値が測定できるもの(等方性プローブ)もある.あるいは,三つの直交成分を測定し,これらの二乗の和の平方根を求めてもよい.これらの手順は,高周波電磁界の測定の場合と同様である.ELF電磁界の場合には電界と磁界とは並行性がない.

 電界強度の測定値は,周囲の建物などの影響を受けて変る.また人が測定プローブに接近しても指示値が大きく変るので,注意が必要である.そのため,測定者は電界測定プローブより十分離れて位置し,光ケーブルによって指示値を読むなどの方法を取る.配電線の電界強度の測定値は数十V/m以下であることが知られており,この値は表4が示す電界強度限度値(50/60Hz,一般人)より十分小さいので,健康影響を判定するための電界強度の測定は省略できる.

 磁界は,測定者が測定プローブに接近しても指示値が実質上変らないので特別な注意は必要でなく,測定は容易である.なお磁界は電界と異なり一般に建物の存在には関係ないと従来からいわれているが,実測によると,鉄筋ビルの入り口から数mも入れば磁束密度は外部の半分程度に減少する場合もあった.  なお,磁束密度が限度値以下の場合に,人が受ける磁束密度の時間的な積算量が人の健康に影響するという科学的証拠はない.


  (2) 局所的強磁界の場合

 ある種の交流式電気シェーバの使用時に,シェーバ表面での磁束密度は140G,距離3cmでは8.3Gという大きな測定値が報告されている(7).米国の例でも3cmで40Gというデータがある(8).これらの数値を表4の限度値と比べて健康影響を判定することは妥当でない.その理由は次のとおりである.

 表4の限度値は,広い空間にわたって存在する磁界について定められたものである.IRPA/INIRC 1989指針(3)は,磁界によって流れる人体内の誘導電流の通路を想定することから,不均一磁界に対しては磁束密度は100cm2のループ面で平均しなければならないと述べていた.しかし,小型形状のシェーバが発生する局所的磁界の場合には,このループ面と鎖交する磁束は十分小さくなることより,センサ出力は十分には得られない.代りに十分小型のプローブを持つ磁界センサ(ホール素子など)を用いて測定したというのが上記の140Gなどのデータであった.

 この場合の健康影響を判定するために,頭部モデルとシェーバとの接触領域での誘導電流密度を計算したところ,この値は1μA/cm2以下であると見積もることができた(9).したがって健康影響はないと判定できた.


  4.2 測定例

 送電線の実測データ(7)と米国のデータ(1),(2)とを並べて表6に示す.送電線の高さ,電圧電流,電線の配列状況等は各場合で異なるが,必要であるのは一般人が接近できる地点の電磁界強度の数値自身であるという見方から,各データから単純に最大値を拾って記した.

 家電製品の例(7)として,ある種の電気シェーバは表面で前記のように140G,ヘアドライヤは表面で150mGであった.テレビ受像機及びVDT(パソコン,ワークステーション)の周辺ではELF及びVLF界を生じる.ELF磁束密度の例を挙げると,テレビ受像機のブラウン管前面で局所的最大値は300mG,背面で500mGであり,平均的にはテレビ受像機,VDTとも20〜40mG,背面50〜200mGであった.


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