■シャノンと暗号理論


〔辻井〕
 暗号の方に少し入りたいと思うのですが,MITの修士を出て,それからベル研に入ったんでしたっけ.41年ですかね,ちょうど太平洋戦争が始まったころですが,いずれにしてもシャノンが入ってまずやった仕事が暗号なんでしょ.


〔田崎〕
 そうです.


〔辻井〕
 それで,暗号でいろいろ考えていたんでしょうね,条件付エントロピー的なことを.言語というものをいろいろ考えてどのぐらい冗長性があるかとか.

 それで,だからシャノンの頭の中では,どっちが先なのか分かりませんが,戦争中ということがあって暗号の論文は1年後の49年になっていますけれども,その辺の話を何か.


〔笠原〕
 今日の座談会のために,にわかに勉強し,皆さんのお手元に補助資料として差し上げていますが,ユニシティ・ディスタンスというのは非常にすばらしい,実に深みのある考え方です.暗号を科学の分野に引き上げた初めての論文と思います.

 私,シャノンの暗号のことをもう少し突っ込んで勉強しておこうと考え,シャノンの「全論文集」に目を通しましたら,29歳のときに,ベル研の所内資料として出版された「A Mathematical Theory of Cryptography」という論文が目に止まりました.

 この中でちょっと興味を引いたことは,シャノンは幾つもの暗号化装置を並べて安全性を高めています.無限個近く並べてスイッチしながら敵にはどれを使っているか分からないようにする.そうすると安全だという多重化暗号法を論じているところは「やっぱり,すごいな」と感心してしまいます.


〔辻井〕
 シャノンの場合で言えば暗号理論をやっていたのがやはり半分あると思うのですが,それでああいうすばらしい情報理論ができたということもあると思います.

〔笠原〕
 現代暗号,例えば公開鍵暗号はいくらでも複雑な復号法を許容すると,すべて破れますよね.例えば,RSA暗号といったって,「素因数分解問題」が安全性の根拠ですからいくらでも複雑なことをやれば解けてしまう.だから,公開鍵暗号の概念は多分シャノンの頭の中からは,生まれなかったでしょうね.

〔辻井〕
 シャノンはあくまで情報量的安全性ですね.

 それで,あとそれから,情報源符号化とか,レートひずみ理論についてどうですか.


〔有本〕
 情報源符号化は本当は非常に分かりやすいですよね.結局,エントロピーは一見数学的に定義されたけど,実際には無ひずみの情報源符号化定理によって,物理的意味を付与できたわけです.だから,ここまでデータ圧縮のレートを落とせるのだという,そういう意味での物理的な定義と数学的な定義が見事にそこのところに合致するという意味合いを感じ取ると,シャノンのエントロピーが一気にうれしくなるし,美しさが出てくるのです.だから,あれは工学と数学の,工学というのは符号器として実現できるものの,それの性能の限界と数学的な定義がピタッときれいにそこに出てくるという,その見事さというのは,僕は最初に読んだときにそれがうれしかったのです.



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