■シャノン理論の将来


〔辻井〕
 さて,話題としては,是非,これからは光の時代ということで量子情報の方にいきたいと思うのですが.それでは少し広田さんの方から,未来志向で…….


〔広田〕
 量子情報理論とは原子レベルでの新しい情報処理技術を見つけるための指導理論です.それらは,シャノンの思想を踏襲して類似の理論を構成し,そこから新しい概念を生み出す手法を取っています.本来シャノンの情報というのは,メモリしたいときに情報が確実にそこにメモリされて,確実に取り出せる(観測)ということが保証されているわけです.ところが,量子の場合は量子媒体にメモリしても,その情報が確実に取り出せるという保証がない世界なのです.そういう世界の情報処理の原理原則を整理しようというのが,量子情報理論の根底にあります.それで取り出せる情報と取り出せない情報を定量化してそれらを対比する理論が構成されます.すべてを取り出せない情報(量子情報)で何ができるかというと実は量子コンピュータが構成できます.すなわちそれは取り出せない情報で計算をやっておいて,取り出せる情報で情報を読み取る.量子コンピュータはこのことを利用することによって従来のコンピュータと比較して天文学的な倍率の性能を持つことができるのです.またこれらを実現するには量子情報処理過程の符号理論が必要です.それを開発するには“量子操作”とは何かを明確にして,それらをシャノンの情報で測れるものと測れないものに分類し,それぞれに対する固有の符号理論を構築する必要があります.現在,種々の情報測度の体系化までは一応完成しているのですが,情報理論の醍醐味である符号化との関係がまだ完全ではありません.代表的な成果として,観測通信路は超加法性という性質を持っていて,符号を拡大していくと情報量が増え,その極限(シャノン情報の容量)はフォン・ノイマン(Von Neumann)・エントロピーになるという定理があります.超加法性を引き出すには符号語の各ビットを観測せず,符号語を一括して復号せねばなりません.一括復号とは量子エンタングルメントを活用する非常に強い量子現象です.それを前提にガラガーの理論を再構成する課題があります.その理論はシャノン情報ではない量子情報にも応用できる可能性を持つので最終的な量子符号の理論がこの線から生まれそうです.現在,量子誤り訂正符号と呼ばれる理論がありますが,残念ながらこれはいずれ消滅します.したがって量子情報理論なくして量子コンピュータの発展はないと考えています.


〔辻井〕
 「一括」というのが,まとめて状態を見るというような感じのことが量子コンピュータに…….


〔広田〕
 にも,つながっていくのです.

 その理論を使って量子コンピュータのコーディングのデザインまでいきたいのです.


〔辻井〕
 実現の順序としては量子暗号,これが一番早そうなのですが,それから量子通信,それから量子コンピュータというのはちょっとまだよく分かりませんけれども,いずれにしても量子情報理論というのは非常に大事になってくると思います.


〔甘利〕
 一言シャノン理論について言うと,皆さん,シャノンの情報理論はすごいと.そのとおりで全く異論はないけれども,もっと目を大きくしてみると,20世紀の前半に数学が現代化を成し遂げたというわけです.これは非常にすばらしかった.

 それに伴ってもっと豊かな,工学を含めた自然の姿と数学的な志向との結びつきが,20世紀の半ばからバーッと出たのです.それがシャノンの情報理論なのです.

 それ以外にも,フォン・ノイマンもそうだし,チューリングもそうだし,そういうのが出てきたのだけれども,それが不思議なことに20世紀半ばでとどまってしまったというわけです.

 だから,もっともっと数理的な,皆さんがこれだけ広めた考えが,情報理論だけではなくて,工学の世界でもっと幅を効かすべきなのに,効かせてないのは一体どういうわけなのだろう.

 シャノンの情報理論は,本当は20世紀の後半に来たのですが,実は21世紀に実る数理科学の一番典型的な見本になっているのではないかと思うのです.


〔有本〕
 先ほどの量子コンピュータの話とともに,21世紀における理論的骨格は,もはやシャノンの骨格ではなくて,やはりその考えの延長で新たなものを展開しなければいけない.一つは量子コンピュータの話もあるけれども,テラビット通信の波長多重化で,1本のファイバの中に何兆ものパルスを通すようになってくると,結局,ファイバを通すネットワークの中の通信に誤り訂正をやらなければいけない.今でも既に移動通信とかいろいろなレベルで自由自在に符号器の設計はできるけれども,しかし,例えばターボ符号とかいったようなものは,どれほど理論的にフレキシブルに,その設計に向くような形で展開されているのかなというのは,まだちゃんとできていないような気がします.それから,最近,ちらちら聞く話だと,例えばターボ符号の最小確率復号化のアルゴリズムと,ベイジアン・ネットワークのビリーフ・プロパゲーションのアルゴリズムが同等であるといったようなものが言われ出した.そうすると,AIの,何となくどろどろしていた例えば音声認識から対話の創発などが,シャノンとやっとつながり出したかなという感じを持っている.要するに人工知能のべイジアン・ネットワークを単に意味論的にとらえるのではなくて,きちっと数学的なモデルの中で計算しながら対話をどうやって生み出すかということをねらうのですけれども,その考え方はやはりシャノン流だと思うのです.そういう世界が将来出てくるのではないか.



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