私が情報理論を学んだのは,今から43年前の学部4年生のときであった.講師は,通研から来られた喜安善一先生であった.その後大学院で“A Mathematical Theory of Communication”を勉強し,いたく感じ入った.その直観的な切り込みと深い理論体系,そして精緻な結果に対してである.

 20世紀を代表する数理科学者として,フォン・ノイマン,ウィーナー,シャノンの三人の名前が挙がる.チューリングを加えてもいいだろう.いずれも100年に一人という大天才である.しかも,皆情報に関係していることは,20世紀の時代をよく表している.この中で,シャノンだけが純粋数学に直接には関係していない.私は,20世紀の純粋数学の弊害に毒されていないシャノンのスタイル数理科学が好きなのである.

 シャノンは情報理論の体系を創始するとともに,その基本を完成させてしまった.後からの発展は,ほとんどがシャノンの構想の枠にあり,シャノンの手法を用いている.いわば,シャノンの手のひらの上で展開されている.私はこういって,情報理論の関係者の怒りを買っている.もちろん,情報幾何もこの例外ではない.

 シャノンは,標本化定理を基に信号の空間を論ずる中で,その次元に触れている.情報の量を確率を基に論ずる限り,次元はどうでもよい.例えば,信号の変調は次元を変えるし,符号化は次元の破壊ないし無次元化である.シャノンは,ここで変調や復調は,次元の異なる空間への写像であるから,トポロジーを破壊することを指摘している.では,信号空間の次元とはどのような意味を持つのか.ここが私の情報幾何の出発点である.情報にとって,信号間のつながり,つまりトポロジーや幾何学はどのような意味を持つのであろうか.シャノンに啓発されたこの疑問が私の学位論文になった.

 ここで,私は信号のAM変調やFM変調を信号空間の変換として論じ,次元と情報の意味を明らかにした.また,雑音のある場合の空間の情報容量をリーマン的な体積として明らかにした.更に,量子化に触れて,各次元ごとの量子化ではなくて,今日いうところのベクトル量子化を論じ,そのときの情報利得を示した.しかし,これらの成果は,情報理論の流れの本流をいくものではなくて,国際的にはもちろんのこと,国内でも評価されなかったし,私自身も当初の情報の幾何学理論としては不満なままであった.

 10年以上たって,再度挑戦したのが情報幾何である.これは,シャノンの情報の伝送を主体とする理論とは離れるものの,広く情報の基礎理論として有用なものと思っている.ここでは,情報理論はもとより,統計学,制御システム,ニューラルネット,その他広い分野とかかわりを持つようになった.これも,もとはといえば,シャノンに感銘し,その大きな影響のもとで生まれたものである.21世紀,シャノンのスタイルの数理科学が全面的に花開くのを楽しみにしている.



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