電子情報通信学会会誌

Vol.85 No.5 pp306-311
2002年5月

石黒一憲 東京大学法学部

The Japanese International Strategy for Establishing The "Country of Fiber" & The Basic Law on The IT.
By Kazunori ISHIGURO, Nonmember (Faculty of Law, The University of Tokyo, Tokyo, 113-0033 Japan).




IT基本法と「光の国」日本の国際戦略




 「人類の幸せのために」との,本特集のタイトルと目的意識は正しい.だが,現実の世界では,一握りの巨大企業のグローバル寡占確立のために,また,覇権国家の世界覇権維持のために,IP関連の技術や今後の技術開発のあり方自体が,向けられがちである.国内外での政策論議において,上記の目的意識を維持し,実現することは,実は至難の業である.他方,技術開発の現場においても,企業収益直結型の短期的思考に毒されることなく,長期的戦略に基づく着実な営為こそが真の「人類の幸せ」に直結することへの,深い認識が必要である.

キーワード:IT基本法,沖縄IT憲章,世界情報通信基盤(GII),電子認証,国際標準化

■1. GIIとIT基本法 ―― 共通する理念と実際

 アメリカの前副大統領A・ゴアが世界情報通信基盤(GII)を提唱したのは,1994年3月のことであった.その後の世界的なインターネットブームの中で,ともすれば忘れられがちなことが,二つある.

 (1) VI&P計画からGII提案に至る道程

 第1に,ゴアは,もともと日本のNTTが1990年に正式に発表したVI&P (Visual, Personal and Intelligent[なネットワーク構築])計画という,2015年までの日本全国光ファイバ敷設計画を軸とする計画に対して,大いなる脅威ないし危機意識を抱き,そこからすべてが出発した,ということである.つまり,今日議論されるフォトニックネットワーク論に至る世界的な流れの火付け役は,実は日本(NTT)だったのである.そのことを忘却の彼方に置き,「すべてにおいて日本はアメリカに遅れてしまった」との,誤った一般認識が,その後の日本における将来的な情報通信ネットワーク構築のあり方に関する大きな混乱の,原因である.

 ちなみに,ゴアは,最初から現在のインターネットに着目していたわけではない.NTT同様に,光ファイバによる毎秒ギガビット級の全米ネットワーク構築の必要性を,彼は強く訴え,そして,この点で企業努力に頼るのみでは不十分とし,連邦政府主導でこのようなネットワーク構築をしようと,考えていたのである.だが,副大統領に就任後,彼のこのプランはアメリカ企業側の猛烈な反発にあい,挫折した.そのころ,いわゆる商用化の始まっていたのが,かのインターネットであり,挫折後のゴアが,このインターネットにすがりつき,そしてアメリカ全体が,なし崩し的に「インターネットこそすべてだ」,と言い始めたのである.

 なぜこの点の確認が必要かは,昨今の日本におけるDSL (Digital Subscriber Line: ディジタル加入者回線)ブームとも関係する.「加入者網は銅線ネットワークのままでいいのだ.光ファイバなどいらない.DSLで日本はアメリカに大きく遅れてしまった.しかも韓国にも水をあけられた…」,といった一般認識が急速に広がり,日本全体が極度の混乱に陥った.だが,それではなぜゴアは,光ファイバにこだわっていたのか.いうまでもなく,彼の目指した超高速・大容量のネットワーク(インフォメーション・スーパーハイウェイ)の構築のためには,銅線では初めから限界があり,光ファイバが必要だったからである.その前提として,もう一つ重要なことがある.日本(NTT)は1997年12月17日に,全国デジタル化完了宣言をした.だが,アメリカはいまだそれが完了していない.日米どちらが遅れているのかを,冷静に考えるべきである.



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