電子情報通信学会誌

Vol.85 No.11pp.784-787
2002年11月

伊賀健一 正員:フェロー 日本学術振興会

Introduction to Nanotechnology.
By Kenichi IGA, Fellow (Japan Society for the Promotion of Science, Tokyo, 102-8471 Japan).




ナノテクノロジー総論 伊賀健 一



 本文ではまず,ナノテクノロジーの定義,背景,分野の広がり,応用,などについて概観する.一つの技術背景例として,面発光レーザにおけるナノテクノロジーとその適用について紹介する.
キーワード:ナノ,ナノメートル,ナノテクノロジー,VCSEL



■1.
 ま え が き

 ナノテクノロジーとは何だろう?まず,nanoとはイタリア語で極めて小さいものを指す.英独仏語では,10を意味する接頭語である.ナノテクノロジーでいうナノとは,ナノメートル(nm)つまり10mのことで,これが百万個集まってもやっと1ミリにしかならない.いろいろの原子や分子の大きさより少し大きいサイズである.では,ナノテクノロジーとは?というと,ナノメートルサイズの大きさを操る技術のことである,といってしまえば簡単だが,人間が直接見たり,触ったりできる大きさよりはるかに小さいので,これまで一般的には取扱いが容易ではなかったのである.

 昨今,世界的にナノテクノロジーに対して大きな研究開発予算が投入されようとしている.では,このような小さなものはどこがおもしろいのか?そこに潜む科学は何か?どのように我々の生活に役に立つか?などの観点から多元的に見ていく必要がある.この特集が幾らかでもその役に立てば幸いである.


■2. 何がナノなの?

 しかし,ナノテクノロジーは単にスケーリングの問題ととらえると,余りに直裁にすぎる.図1に長さのスケールを示す.これを見ると,ナノメートルはほんの一部にしかすぎない.したがって,ナノテクノロジーは大きさの問題であるよりも概念の問題ととらえるべきである.つまり,微視的な材料の領域を意のままに制御し,我々の扱える巨視的大きさにつなげることである.

図1 長さのスケール

図1 長さのスケール



 これを説明するために,ナノテクノロジーの技術的背景について見ていこう.ナノテクノロジーの考え方を示唆したのは,1953年におけるファインマンの講義であったとされる.量子力学の発展段階では電子の挙動を扱ってきたので,もっと広くいろいろ小さなものへの広がりを考えたとしても不思議はない.現にエレクトロニクスでは,常識的にこのスケールを扱ってきたのであった.例えば,トランジスタの各パートの制御性はナノメートル以下の大きさであるし,光デバイスの典型例である半導体レーザの層構造では,はるかにオングストロームを下回る制御をものにしている.

 さて,ナノテクノロジーを熱心に推進しようとしたものに,Drexlerの著書がある.ナノマシーンによって極めて小型の機械ができると主張したのである.相澤益男がこれを翻訳して,自身もバイオ分野でナノテクノロジーを推進した.これに対し,カーボンフラーレンの発見者であるSmalleyは,事は簡単には進まないと警告した.ともかく現在に至るまで,大きな夢と現実の直視,という両極端論がある中で,産業的な発展の期待感も出てきたといってよい.

 元々は日本のナノテクノロジーに対する水準は高く,次世代の生産に関係があるとして,米国政府は大々的な調査を行った.このあたりの状況は池澤直樹の調査と著書に詳しい.これによって,クリントン政権はNational Nanotechnology Initiative(NNI)として大規模なナノテクノロジーの推進を始めた.その中で,筆者が発明した面発光レーザ(Vertical Cavity Surface Emitting Laser:VCSEL)と富士通研・三村高志らが展開したHEMT(High Electron Mobility Transistor)がナノテクノロジーの例として取り上げられている.


1/4

| TOP | Menu |

(C) Copyright 2000 IEICE.All rights reserved.