■2. インターネットの誕生

 前述のとおり,1969年にARPANETが誕生し,ネットワークの研究開発が成果を出し,パケット通信の技術が確立されてきた.一方,CCITTの標準化の中では,遠隔の端末をどのように遠隔でディジタル情報をやりとりするかというX.25などの遠隔端末通信技術ができており,これがパケット通信の技術やサービスにつながってきた.国際標準は,モデルとして端末と遠隔のコンピュータを接続する.その速度もそれほど速くなく,モデムは110bit/sという速さであったが,これは,人間がタイプライターで打つ速度を基準にして十分な速度と考えられてきた.

 一方,ARPANETは56kbit/sのパケット通信を基盤にしてできたネットワークだが,この中で更にはん用性の高いディジタル情報の通信基盤を追求し,当初からコンピュータとコンピュータの相互接続が基本のモデルとしてとらえていた.この技術の成果は,後のTCP/IPと呼ばれるインターネットプロトコル体系の基盤に発展し,インターネットアーキテクチャとして定義できるコミュニケーションの構造と理念へと展開する.

 ARPANETの功績はこのほかにもある.電子メールと電子掲示板,ファイル転送という三つのアプリケーションが開発され,研究コミュニティの中で使われてきた.ディジタル情報の移動や転送について,実際に研究コミュニティの中で利用し,どのように生きてくるか,どうあるべきかを確立してきたことである.コミュニケーションの技術開発スタイルに利用者からの強烈なフィードバックが組み込まれる,インターネットスタイルの開発の基盤としてこのアプリケーションの展開は重要である.

 一方,同じ年に誕生したUNIXの特徴に着目する.その抽象化の一番重要な部分は,コンピュータで取り扱うデータをすべてバイトのストリームととらえていることである.つまり,情報はバイトの列であるという抽象化によってUNIXオペレーティングシステムはデザインされている.バイトの列という考え方は,ディジタルコミュニケーションの理念を強く意識している.イメージとしては,直径が1Byte(断面積が8bit)のパイプですべてのものがつながっているというような考え方である.UNIXでは,すべての情報や機器はバイト列として表現され,「ソフトウェア・ツールズ」と呼ばれるソフトウェア処理のすべてがこのバイト列への処理としてデザインされる.

 別の視点に立てば,8bitを単位とした情報の列がやりとりできる環境であれば,UNIXの抽象化の概念の中でどんな情報や機器の分散性も許容できることになる.1970年代の後半から1980年代へかけた分散処理の様々な研究がUNIXを基盤として発展してきた経緯はここにある.

 通信技術に関してもUNIXのオペレーティングシステムを中心としたソフトウェア体系の発展の中には,この特徴を生かしたものが多く含まれている.中でもモデムの利用は,UNIXを取り巻く開発でも早くから取り組まれており,1980年代よりも以前に様々な試みがなされていた.このころ,日本はまだモデム装置は特別なものであり,一般的に入手できるものではなかった.もちろん電話回線で接続することができない時代であったことから注目されることもなかった.1970年の終わりごろの研究者はソースコードを読むことでモデムの操作や制御は理解していたが,その実態については,触れたり使ったりすることができない状況だった.UNIXでは,モデムを使ってファイルを転送したり,電子メールを送ったり,コマンドを遠隔で実行したりといった,いわば広域の分散処理を電話回線経由で実現する機能はUUCPというアプリケーションで実現している.当時ソースコードを読んでいて,こういうことができるのならば,様々な分散処理の考え方として,少し違った見方ができるのではないだろうかと考えた.

 80年代の分散処理の研究の特徴の一つは,密な分散処理の理論的な展開とその実証である.例えば,負荷を分散する,対故障性を分散処理の中で実現するといったような,複数のコンピュータで,ある一つの目的を達成するためのアーキテクチャがどのようにできるのかといった理論と,実装という形でネットワークの技術開発が進められてきたのである.これらの技術の前提として考えられていたのが比較的高速のネットワーク上に接続されている複数のコンピュータのモデルである.つまり,一台のコンピュータの中でやりとりをしているようなことが,ネットワークを介した中でコンピュータ同士やりとりができるようにするためには,この二つのコンピュータがあたかも一台のコンピュータであるかのように高速のネットワークでつながっている必要がある.つまり,そこのトランスペアレンシ(透過性)を作るためには,ネットワークは非常に早くなければいけない.

 それに対して,UNIXから生まれてきたUUCPは,電話回線を介してデータをやりとりするもので,分散コンピューティングの流れとは違う考え方を根底に持つ.つまり,遅い回線を使ってデータをやりとりするダイヤルアップの基盤を下に持っていると,リアルタイム性については余り期待できないし,そういう中での今までの「密結合」という意味で分散処理を考えていくのは大変難しい.どちらかというと大規模で広域にわたっているような特徴を生かした分散処理を考えないといけない.ここが大変興味深い部分である.筆者は研究のジャンルとしてオペレーティングシステムの分散処理に取り組んでいたが,大規模で広域に分散している情報の処理がやがて回線の高速化などが起っていく中で発展していくプロセスのためのモデルを考えていく必要があると考えていた.少しスケールが広くなったために起る新しいことなどを考えていくジャンルも興味深い分野だと思うようになった.その後,研究活動と広域分散環境を構築することに取り組み,WIDEプロジェクトという形で発展し,現在でも研究活動と研究の流れを作っている.



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