■4. 知的社会基盤工学技術の研究開発

 ベルリンの壁崩壊とともに米ソ冷戦が終結したのは,既に14年も前のことになる.冷戦下での産官政学護送船団体制による経済成長が,10年余りの期間にわたりオーバーシュートし,銀行の莫大な不良債権と将来の日本を圧迫すると思われる膨大な赤字国債,そして多額の個人資産が残された.こうした資産のあり方を超えて経済の再構築,文化の継承,そして自信の再生を図り,日本新生を遂げるには,国家レベルでの現実的な技術戦略が必要である.

 こうした背景と時代変化の中で,世界に住む多くの人々が安心して暮らせる社会の基盤を作ることが技術の基本的・本格的ニーズであることに変りはない.問題は,新しい社会を見越した社会基盤構築・運用・発展のための新しい技術体系が作れるかどうかということである.

 ここで新しい社会を見越した社会基盤とは,人間・社会と自然・人工物のダイナミックな共生のための基盤(インフラストラクチャ)のことであり,現状の技術の言葉でいえば,建築,機械,その他物理的,力学的なシステムを扱う分野と情報,通信,健康,生命,その他人間や社会の意味を担うシステムの融合システムであると考えることができる.こうした融合システムのデザイン,運用,発展を行うための技術が,知的社会基盤工学技術と呼ばれる技術であり,端的にいえば,人間が安心して安全に暮らせる社会の基盤をデザインし,維持し,発展させるための技術であるといってもよい.

 社会基盤は人間の生活全般を支える複雑なシステムであるから,そのための技術としてもまたシステム技術が必要である.特に,機械,建築,エネルギー,ライフライン,輸送,機器,生活用システム等にかかわるインフラ技術,情報通信ネットワークにかかわる通信技術,情報技術,更に健康,生命,表現,アート等,生命・人間科学や芸術の基本的問題が新たな形をとって,このシステム技術の体系に密接に関係してくる.

 知的社会基盤工学技術の研究開発項目のうち,ITに関連する項目として1998年当時の報告書に挙げられた項目には,例えば下記のようなものがあった.参考のために幾つかの項目を羅列しておくが,それらの中では既に研究開発が進みつつあるものも多い.例えば,「超分散センサ・コンピュータ・ネットワークシステム」は現在「ユビキタスコンピューティング」という言葉でいわれている技術の発展形である.また,「超高速ネットワーク・データバス技術」については,慶應義塾も関与している「ギガハウスタウンプロジェクト」が,既に広域でのギガビット級超高精細動画像実用伝送を実現している.また,慶應義塾は本年7月から湘南藤沢・矢上キャンパス間で40Gbit/sの超高速回線の運用を開始する予定である.


◇知的社会基盤工学技術の研究開発項目
   
(文献(2)から抜粋) 
 
超分散センサ・コンピュータ・ネットワークシステム
 
超高性能デジタルセンサ
 
センサフュージョン技術
 
超高速動画像パーソナル伝送技術
 
超高速ネットワーク・データバス技術
 
分散リアルタイムソフトウェア技術
 
情報セキュリティ技術と抗ウィルスソフトウェア
 
高度リアルタイムデータベースシステム
 
アクティブインタフェース技術(通常の人間・コンピュータ間のヒューマンインタフェース技術と異なり,多数多種類のインテリジェントセンサが適応的にデータを収集し情報を加工するような機能を持つ高度なインタフェース)
 
仮想空間と実空間の統合化技術
 
健康管理用分散センサ・コンピュータ・ネットワークシステム
 
センサ情報可視化技術
 
内部状態可視化材料
 
材料の表現化・材料からの情報発信技術
 
システム生命化技術
 
知的構造設計・知的制御技術
 
巨大・複雑構造物の超安全設計技術
 
分散高度防災システム
 
高度危機管理システム
 
超安全交通・物流技術
 
知的社会基盤工学のための諸要素技術・システム技術を使って組み立てられる部品,機器,輸送システム,建築物,都市等の新デザイン技術
 
その他



 なお,ほかにも,例えば「リアルタイムワイヤレス通信技術」のように,その後課題として浮上してきたテーマもある




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