電子情報通信学会誌

Vol.86 No.8 pp.586-587
2003年8月

中沢正隆 正員:フェロー
 東北大学電気通信研究所超高速光通信研究分野
 E-mail nakazawa@riec.tohoku.ac.jp

Trends in Femtosecond Technology Supporting Next Generation Industrial Bases.By Masataka NAKAZAWA, Fellow (Research Institute of Electrical Communication, Tohoku University, Sendai-shi, 980-8577, Japan).



次世代産業基盤を支えるフェムト秒テクノロジーの動向 中沢 正隆


 日本は古くは中国,朝鮮,インドから,また20世紀には欧米から,多くの文化や科学技術を取り入れ今日の豊かな地位を築いた.しかし,スイスの国際経営開発研究所が発表しているように,日本の世界における国際競争力,企業家精神,経済のニーズにあった大学教育,などはかなりランクが低い.21世紀は日本から先導性のある産業を世界に示していくことが強く望まれるのであるが,中でも超高速あるいは短パルス光技術は日本に一日の長があり,欧米が一目置いている技術である.この不況を逆手に取り数年後に打って出る一つの方向として,超短光パルス技術を応用した産業分野は格好のターゲットであるように思う.そのためにもフェムト秒パルスでも動作する付加価値の高い超高速デバイス,新たな光計測・加工分野,周波数標準・THz応用など,広い分野に目を向けた光産業構造構築のための戦略が必要である.大げさと思われるかもしれないが,この分野の技術開発を抜きにして21世紀の産業発展を語ることはできないし,実際これらの技術を付加価値の高い産業に育てるべく,世界中で産業競争が激しい.この小特集号では,次世代の産業基盤を支える重要な技術としてフェムト秒テクノロジーの研究動向を,次世代フォトニックネットワーク基盤技術,フェムト秒光源,フェムト秒加工・計測の三つに分けて紹介し,最新技術の動向を踏まえて,将来の展開と想定される問題点を考察したい.

 フェムト秒(1femtosecond(fs)=1×10-15秒)という言葉が一部で盛んに使われ始めたのは,今から20年ほど前,色素を可飽和吸収体として受動モード同期レーザから数十フェムト秒の光パルスを発生できるようになったころからである.繰返しが100MHzで平均パワーが数百mW〜1W程度でも10fsのパルスのせん頭値は1 MWにも達する.このため光学材料に照射すると,誘導ラマン散乱,4光波混合,2光子吸収,自己位相変調効果など様々な非線形光学効果が容易に発生できる.当初色素レーザが主流であったフェムト秒レーザは可飽和吸収色素やレーザ色素に手を染めながら交換したものであるが,今日では半導体レーザ励起のTi:Sapphireにカーレンズモード同期(Kerr-lens Modelocking)をかけることによって5fs以下のパルスを発生できるまでになっている.そのレーザ動作には,プリズム対と呼ばれる分散補償回路,自己位相変調効果と共振器内の異常分散とがつり合う光ソリトン効果,媒質のカー効果,広帯域の光増幅媒質などを組み合わせており,極限的なパルスを発生させている.通常光パルスはその波形を振動電界の包絡線で考えるが,これらの超短パルスは包絡線の中に電界が数周期しか振動していない.このため包絡線のピークと電界のピークとがいつも合っているわけではなく,CEO(Carrier Envelope Offset)といって,電界振動(位相)と包絡線の速度(群速度)との差が議論される領域に入ってきている.そして位相を調整して最大電界を得ることにより,その強烈な電界で材料をイオン化したり,X線を放出させることができるのである.



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