■5. 技術の発達の影響と標準の近未来の課題

 空間情報の獲得・収集のための諸技術,大量のデータの蓄積・移動・交換のための諸技術も急速に進歩している.測量・計測の精度の向上も目覚ましい.本稿はそのような個別技術について論ずる場ではないので,代表的な関連技術で進歩の目覚ましいものを無作為に選んで名前だけを挙げてみる.

@ 高解像度衛星:他国のものは(計画中のものも含めて)既に幾つか存在するが,国産も企てるのか.航空写真測量に関する技術改良の歴史は長いが,高解像度の人工衛星の到来はそれにどのような影響をもたらすであろうか.
A GPS衛星の利用技術:特に電子基準点やそれを補完する仮想基準点:GPS衛星で足りないところを補う国産の準天頂衛星.これらによって“位置の計測”は格段に精度が上がり,また手軽にできるようになる.
B レーザスキャナの実用化:地形・地物の形状が瞬時に把握できる.
C VLBI(Very Long Baseline Interferometry):全地球的に各地点の相対位置が精密に測定できる.
D 各種のいわゆる“ブロードバンド”技術:空間情報のような大量の情報の高速伝達がこれによりやっと可能になったといえよう.最近話題に上る“UWB(Ultra-Wide-Band)”はGISから見てどのような関係に位置付けられるのであろうか.
E メモリの高密度化,大容量化:かなり長期にわたって続いている進歩であるが,まだとどまるところを知らないようにも見える.

 上に挙げたもの以外にも多くのものがあるであろうが,このような“新技術”が,空間情報の標準化に無関係であるはずがない.それらをどのようなタイミングでどのような形で取り上げるべきか,関係者は常に注意し続けていなければならない.

 ここで,近未来の標準化の課題について,筆者の個人的な見解の中から一つだけ述べさせて頂きたい.時々刻々変化する空間データ,あるいは長い歴史の中で変化してきた空間データを適切に処理するための,“変化の過程まで含めた空間データ”の表現・蓄積・交換の標準方式の確立が,今や研究者の手から実務家の手に移される時期になっているように見える.しかし,ISO/TC211の作業項目の中には(したがって地理情報標準の中にも),“三次元以下の空間の幾何学的構造”の標準化は取り入れられており,またそれとは別に“時間・時刻の表現形式”についても取り入れられているものの(両者とも既にIS(国際標準)化され現在JIS化の作業が進行中である),それらを結び合わせた“四次元の空間・時間構造の表現形式”については,なぜか取り上げられていない.もっともこのような“高次元化”は,より一般的にとらえておいて,任意の次元に対して適用可能にしておくというのも,一つの可能性である.しかし,そうなると“空間情報”から離れて,単なる数学的な“位相情報”の標準的な表現を定める話になってしまうのであろうか.


■6. 空間情報は電子地図ではない

 「空間データ(基盤)とは電子化された地図のようなものである」とよくいわれるし,筆者も面倒なときにはそのような言い方をすることがあるが,上に述べてきたISO/TC211や地理情報標準の考え方は,“地図”特に“紙地図”の概念から根本的に脱却することを我々に要求するものになっていることに注目しなければならない.そこでは,空間情報は幾つもの“オブジェクト”(といえば何かが分かるというようなものでもないが)の属性とオブジェクトの間の関係を述べたものとしてとらえられている.“測量”や“地図化”の技術の伝統の中では,“縮尺”がそこに盛られている情報の精度,品質のすべてを決定していた.それに対して新しい標準においては,(a)各オブジェクト,各地物ごとに固有の精度,品質,新鮮度等々が付随しているだけで,データ全体にわたる縮尺のような概念はない.もちろん(b)二次元的に(紙の上に,あるいはディスプレイ上に)データ(の一部)を表示する表示し方を定める,あるいは表示し方を記述する方法についての規定はある.この前者(a)の観点を強調して,今や「紙地図よさようなら」の時代なのだという標語を声高に唱えるのも有意義であろう.もっとも,我々が情報を目で見るときには結局は後者(b)のような表現によらざるを得ないという点を強調して,「しかし,紙地図は永遠である」と唱えることもできる(ここで,空間データは,元データを単に目で見るだけでなく,各種の加工・処理を加えてデータに内在するより高度な意味の分析を行い迅速な判断に容易につなげられるという点も,その大きな特長であることを忘れてはならない).



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