■2. MRI, fMRIの原理と計測状況

 2.1 MRIの測定原理


 MRIの測定原理(1),(2)は,水素原子核のスピンが高い静磁界に置かれたときに示す核磁気共鳴現象で説明される.特定周波数(ラーモア周波数)の電磁波を照射すると,そのエネルギーを水素原子核が吸収し安定状態から励起状態に変化する(共鳴現象).この照射をやめると安定状態に戻る(緩和現象)過程で,水素原子核は吸収したのと同じ周波数の電磁波を放出する.この電磁波は,ラジオ周波数であるので,生体の安全な非侵襲計測が可能となる.

 人体を構成する物質の62%に水素が含まれているので,生体の計測にMRIが使える.この電磁波の強さ(MRI信号)は,生体組織の状態や水素含有量,また同じ組織でも正常な部分や病変に応じて変る.この電磁波を計測し,脳や臓器の組織を画像化したのが,解剖MRIである.

 基本原理は以上のとおりであるが,実際のMRI撮像法では,励起や緩和過程の制御や計測原理に様々な変形がある.撮像法により,撮像速度や測定対象自体が異なり,今でも新しい手法の提案が続いている.fMRIで用いられるEPI(Echo Planer Imaging)高速撮像法も,その一種である.

 2.2 fMRIの原理

 EPIは,ヒト脳全体の連続高速撮像を可能とする,傾斜磁界の高速反転を利用したMRI撮像法である(1).この撮像法で測定したMRI信号には,脳の構造信号のほかに1〜10%と微弱であるが脳神経の活動信号が入っており,この後者に注目した脳の機能的活動の測定を特にfMRIという.

 脳活動をMRIで捕らえる原理,BOLD(Blood Oxygenation Level Dependent)効果(3)は,1989年小川誠二により発見され,現在では次のように説明されている.

 血液中に含まれるヘモグロビンは,酸素との結合状態によって磁性が変化する.酸素結合型のヘモグロビン(Oxy-Hb)は反磁性体であるのに対し,酸素が離れたヘモグロビン(Deoxy-Hb)は磁化率が大きい常磁性体である.脳活動による神経細胞の活動増加はまず酸素消費の増加をもたらし,その結果Deoxy-Hb濃度が微少に上昇する.その数秒遅れで始まる脳血流量の急激な増加は,消費を大きく上回る酸素量を供給するため,Oxy-Hb濃度を急激に増大させ,MRI信号の増強とその緩和時間を長くする.これをBOLD効果と呼び,図1(a)のようなMRI信号の変化が観測される.このようにfMRIでは,脳神経細胞の電気的活動を直接見ているわけではなく,活動に伴う神経代謝や脳血流量の変化を,間接的に捕らえている.


図1 計算機でシミュレートしたBOLD信号
図1 計算機でシミュレートしたBOLD信号
   
(a) BOLD信号
(b) BOLD信号+ノイズ
 
図1 計算機でシミュレートしたBOLD信号  3.で紹介するSPMの関数を用い,(a)はspm_hrfで,(b)はspm_hrf+0.2*randn(23)で生成した.



 fMRIの測定では,実際には数mm3の立方空間内で起きている核磁気共鳴(BOLD信号)をまとめて一つの現象として測定する.この立方空間をボクセルと呼び,fMRIでの画像単位,測定の空間的分解能となる.ボクセル内に複数の神経活動があると,誘導されるfMRI信号は個々のBOLD波形の線形加算信号となる.実際, fMRI信号は細胞外電極による周辺のたくさんの神経活動の測定である局所電位(local field potential)(4)と相関することが確認されている.

 fMRI信号源は原子レベルの確率現象なので本質的に雑音を多く含む.図1(b)は,(a)のBOLD信号に一様ノイズを加えたもので,実際のMRI信号に非常に似ている.3.で紹介するSPMでは,原BOLD信号の発生時刻を事前に知っていれば,統計的処理によりノイズを除去し原BOLD信号を検出できる.もし,何種類かの雑音源を含むMRI信号源から,原BOLD信号の発生時刻と大きさの予測技術が将来可能になれば,ヒトの高次認知活動のように内部的に生成される脳活動の研究にとって画期的である.

 2.3 MRI測定法の位置付けと測定状況

 脳機能計測(5)では,脳波計(EEG)が古くから使われ,計測の手軽さや時間分解能(ms以下)に優れている.しかし,頭皮と頭蓋骨の影響は致命的であり,信号源推定には困難さを伴う.PET(Positron Emission Tomography:陽電子放射断層撮影)は,歴史も古く,放射性同位元素マーカの利用により詳細な神経代謝過程を測定できる.陽電子のガンマ崩壊という測定原理による,時間分解能(数十秒),空間分解能(10数mm)の限界がある.更に,放射線被ばくの問題があり,健常被験者を何度も測定することはできない.光トポグラフィーは,生体の光への反応性を利用し,血流変化や代謝の変化を検出する内因性光計測法である.Oxy-HbとDeoxy-Hbの吸光度の相違を利用し,脳表に照射した一定波長の光の反射強度測定により脳神経活動を測定できる.乱反射等のため空間分解能は1cmであるが,時間分解能と被験者への負担が少ない点で優れている.

 一方,fMRIは,放射線や造影剤を用いず,繰り返し測定が可能で,脳の深部でも信号とその位置を正確に測定できるという脳機能測定に重要な特性を備えている.測定の時間・空間分解能や信号のSN比は,撮像手法やパラメータの選択も絡め,トレードオフ関係にある.我々の使っている3T(テスラ)MRIの場合,2〜4mmの空間分解能,1〜6msの時間空間分解能で,全脳をカバーする十数枚から30枚ほどのスライスを,数百回連続撮像できる.実験の目的により必要なら,時間分解能0.5ms,空間分解能0.5mmをねらうことも,他の特性の犠牲の下に可能である.

 図2は,我々が現在使用しているGE Signa 3T MRI装置である.強力な超伝導磁石を用い,精密に磁界やラジオ波の照射を制御するため,大がかりな装置となっている.


図2 MRI装置に被験者を入れているところ

図2 MRI装置に被験者を入れているところ



 脳が動くことを防ぐため,被験者の頭はパットや帯で寝た状態で枕に固定する.また,MRI室内には,測定のためにも非磁性物体しか持ち込めない.導電体も強磁界内に持ち込めないのはもちろん,ノイズの誘導等のためその室内への持込みには注意が必要である.しかし,実験環境を整えることで,MRI内で計算機ゲーム(6)を行ったり,そのときの眼球運動を記録することも可能である.撮像時間に制限はないが,20分以内の測定時間をめどにする.このため,実験では限られた時間内で同じ認知的事象を(すべての被験者で)12回以上起させるなど,実験を周到に準備する必要がある.MRI実験を計画する際には,このような実験状況の理解が不可欠である.現在ではMRI実験は安全(注2)に実行できるが,MRIの基本的原理を実験者,被験者共によく理解して,実験の安全を確保すべきである.


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