■3. 広がる応用分野

 複素ニューラルネットワークの歴史は,1971年のAizenbergらの論文にさかのぼることができる(4).そこでは,単に複素数による適応情報処理の可能性が提案されているだけでなく,その現実的な構築方法としてニューロン発火のパルスのタイミングと位相情報が関連付けられている.すなわち,時間的な進み・遅れによってある種のコーディングを行うことが考えられている.この点は,現在の研究状況から見ても示唆に富んでいる.複素ニューラルネットワークの最も有効な応用分野の一つが,上に述べたようなコヒーレントな電磁波の振幅と位相に着目するシステムである.この場合,振幅はエネルギーに,位相は時間の進み・遅れに対応付けられる.複素ニューラルネットワークはこれらの物理的に根底をなす情報を直接扱うものになっている.

 そのほかにも,複素ニューラルネットワークが適切な情報表現を与える分野は多い.図1は,代表的な応用分野を図式化したものである.波動に関係するものは多い.電磁波のアクティブアンテナやレーダ画像処理などの通信・計測分野,電子波による学習するデバイスや量子計算がある.また音波に関係して超音波イメージングや音声の解析・合成も挙げられる.そのほかにも,光回路の波長依存性を利用すると,光周波数多重を前提とする適応的な光波ルータや可塑的光コネクション,周波数領域並列による情報処理システムの構築が可能になる.また波長を変化させることにより,ニューラルネットワークの特長である適応性と,便利な制御性とを両立させることも可能になる.

 制御性は,文脈依存行動を発現させるためにも有用である.また,位相が持つ周期性は,周回的なトポロジーを持つことが自然な情報の適応処理に利用できる.これらは人間社会に安心と安全をもたらす将来の脳型システムにつながる.更には,カオスやフラクタルといった複雑性に関する新展開や,高次複素数の利用も考えられる.

 本小特集では,これらのうちの幾つかの具体例を紹介する.そこに生きている着想が,電子情報通信分野の更に多くの新たな発想を生み出すことにつながることを期待する.


■文     献

(1) 小特集,“最大のフロンティア『脳』の解明に挑む―神経生理計測と神経科学―,”信学誌,vol.87, no.4, April 2004.
(2) 廣瀬 明,“高機能パターン情報処理−右脳を真似て超える『スーパー右脳』−,”第三世代の大学−東京大学新領域創成の挑戦−,似田貝香門(編),pp.64-65,東京大学出版会,東京,Feb. 2002.
(3) "Complex-Valued Neural Networks : Theories and Applications," A. Hirose, ed., Series on Innovative Intelligence, World Scientific Publishing Co. Pte. Ltd., Singapore, Nov. 2003.
(4) N.N. Aizenberg, Y.L. Ivaskiv, and D.A. Pospelov, "A certain generalization of threshould functions," Dokrady Akademii Nauk SSSR, vol.196, pp.1287-1290, 1971.


ひろせ あきら
廣瀬 明 (正員) 

 1987東大大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程中退,東大・先端研・助手.同講師,助教授を経て,現在,東大大学院新領域創成科学研究科助教授.その間1993〜1995ボン大(ドイツ)神経情報研究所客員研究員.ニューラルネットワーク,電磁波・光波計測,信号処理,神経科学などの研究に従事.工博.著書「電気電子計測」(数理工学社)など.

 


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