電子情報通信学会誌 Vol.88 No.1 pp.2-6 2005年1月

後藤尚久 名誉員 拓殖大学工学部
E-mail ngoto@es.takushoku-u.ac.jp

Naohisa GOTO, Fellow, Honorary Member (Faculty of Engineering, Takushoku University, Hachioji-shi, 193-0985 Japan).


2050年の経済大国 The Great Powers in 2050

 ■ 1. は じ め に

  最近の新聞に2050年の経済大国の第4位は日本,という記事があった.アンテナの研究者である筆者が50年後の日本経済を論じるのは見当違いだが,この記事について「技術者としての意見」があるため,本稿を引き受けることにした.その理由は,1987年に発売されてベストセラーになった「大国の興亡」(1)にある.

  この本では,21世紀初頭に日本はハイテク分野に強い経済大国になることを,五つの理由を挙げて予測している.この予測が100%正確でなかったのは,日本の現実の歩みがこれらの予測と異なる部分があるためと考えたからである.本稿では,2050年に日本がハイテクに強い経済大国になる方策を他の文献を参照して導出し,50年後に検証して頂くことにする.


 2. 「大国の興亡」の予測

  中国の経済が急成長しているのは,毎日のように話題になっている.日本経済新聞(2004年4月18日)に「帝国たちの時代再び」があったので,一部を紹介する.

 仮にアメリカ帝国の一極支配が退潮するとして,次に来るのはどんな世界なのか.(中略)昨年,米ゴールドマン・サックス(証券会社)が発表して評判になったレポート「BRICsと夢見る−2050年への道」に触れたくなる.BRICsは,ブラジル,ロシア,インド,中国の頭文字で,この四カ国の急成長で2050年の世界の経済大国トップ6は

  @ 中国
  A 米国
  B インド
  C 日本
  D ブラジル
  E ロシア

の順になると予測している.

  この中に欧州連合はないが,政治統合が進めば一つの国となって入るだろう.島国日本は,広大な国土と億単位の人口を抱える帝国規模の国々に伍していかなければならない,とこの記者は心配している.

  多くの日本人が想像する以上に日本の国力を評価する欧米の識者はいるが,「大国の興亡」の著者もその一人である.この本は日本が世界最大の債権国になった2年後の1987年に出版され,私が「アイデアはいかに生まれるか」(講談社,1992年)を執筆するとき,文献(2)とともに参照した本である.21世紀初めに日本がハイテク分野で強力になる,と「大国の興亡」が予測する五つの理由(下巻275ページ)の要約を次に示そう.

 (1) 斜陽産業の穏やかな消滅――行政指導――
  日本は繊維,造船,鉄鋼の生産から徐々に手を引き,高度な科学技術を駆使して付加価値の高い製品の主要な生産国になることを目指している.このような通産省の方向付けが,アメリカの統制のない自由放任式のやり方よりも,これまでのところうまくいっているようだ.

 (2) 研究開発(R&D)の大きい部分を企業が担当
  軍事研究を除外すれば日本は既にアメリカと同じ時間と人材をR&Dにかけており,軍事部門以外で世界のトップに立つだろう.それ以上に興味深いことは,日本ではR&Dの大きな部分が企業によって賄われている事実であろう(欧米では政府や大学が供給).R&Dが直接市場をねらえるからである.

 (3) 国民の高い貯蓄率
  日本人の極めて高い貯蓄率は,アメリカと著しい対照をなしている.これは日本の年金計画が一般的に寛大なものではないためだ.こうしたことから,銀行や保険会社に潤沢な資金が集まり,多額の資本を低利で企業に貸し付けることができる.

 (4) 国内市場の保障と流通機構
  日本の企業は実質的に国内市場を保障されている.自国の生産者を保護する目的で定められた規制によるところが大きい.このような重商主義的政策が廃止されたとしても,複雑な流通販売網が日本人の外国製品の購買を困難にしている.

 (5) 理数系に強い多数の優秀な技術者
  日本人労働者の質の高さは,数学や科学の様々な適性検査で証明されている.これは競争の激しい集中的な公教育ばかりでなく,企業自体の組織的な訓練のたまものである.日本には西欧諸国のどこよりも多くの技術者がいる(アメリカと比べても約50%多い).

  これらの5項目に続いて次の記述がある(下巻278ページ).

  (日本の産業が成しとげた奇跡と張り合うのは)アメリカにとって20世紀の残りの期間で最も新しい,最も困難な挑戦である.競争の熾烈さという点からすれば,ソ連との政治および軍事競争の比ではない(中略).

  21世紀初頭に,日本は経済的にどれほど強大になるだろうか?(中略)コンピュータ,ロボット工学,電気通信,自動車,トラック,造船,そしておそらくバイオテクノロジーや航空宇宙産業でも,日本は世界で一,二を争う存在となるだろう.

 

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