電子情報通信学会誌 Vol.88 No.2 pp.74-79 2005年2月

雨宮好文 正員:フェロー 金沢工業大学

Yoshifumi AMEMIYA, Fellow(Kanazawa Institute of Technology, Ishikawa-ken, 921-8501 Japan).

 

電磁界による健康影響の概説 雨宮好文



携帯電話の電波はパルス性のAM成分を持ち,回路に非線形性がある場合は検波効果により低周波雑音が発生し,これが心臓ペースメーカ等に誤動作を与える.不要電波対策協議会は1997年に「携帯電話をペースメーカ装着部位から22cm以上離して使用すること」を示している.本稿では,電磁波が生体に直接及ぼす影響(健康影響)の方を,普通目に触れることの少ない国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP: International Commission on Non-Ionizing Radiation Protection)の1998年ガイドラインの内容も参考にしつつ,この機会にQ&Aの形式で概説する.
キーワード:刺激作用,熱作用,非熱作用,防護指針,SAR



Q1:
電磁波の健康影響に関する何かの事柄について,従来どこまで知られていたか,実害があるか,等のことを学問的で簡潔に教えてくれるバイブルのようなものがあるか.


A:
1998年に国際非電離放射線防護委員会により設定された防護指針(1) (ICNIRP1998指針と略称)がある.人に当たる(=人がばく露される)電磁波の強さが一定の限度を超えなければ健康影響はない.その限度の数値(限度値とか指針値)を示す防護指針リストの前文にある解説文がそれである.ただ残念ながら,当面必要な項目がどこにあるかは一般には分かりにくいので,解説文が読める人(バイブルでは牧師)に通訳してもらうことが必要.



Q2:
電磁界にばく露されても,その強さが指針値を超えなければ「有害な影響を生じる証拠はない」といわれる.それは「安全である」と同じことか.


A:
そのとおり.電磁界による生物学的影響には@「健康への有害な影響(健康影響)」とA「有害でない影響」とがある(表1).

表1 電磁界による生物学的影響
@ 健康への有害な影響
           …刺激作用・熱作用による(防護指針がある)
A 健康への有害でない影響…非熱作用による


 @はばく露を受けた人またはその子孫の健康に確認可能な損傷を与えるもの(ICNIRP 1998指針).電磁界の強さが大であると刺激作用・熱作用による健康影響を生じる.人の健康防護のために,電磁界の強さの限度値が防護指針によって定められている.限度値,指針値,許容値は実質上同義.刺激作用とは,外部電磁界によって人体に誘導電流が生じ,これが中枢神経系の興奮の急性変化などを起すもの.熱作用とは電子レンジと同じ原理によって人体の温度を上げるもの.Aは電磁界の非熱作用に基づくもの(これには当然防護指針値の設定はない).

 防護指針の解説文には,「これらの限度値は安全で健康な作業・生活環境を与える」(ICNIRPの前身IRPA/INIRCの1988年指針),「この指針値を超えなければ対象電磁界は安全である」(郵政省,電波利用における人体の防護指針,1990年)などと述べられている.また米国ANSI(American National Standards Institute:米国標準協会)の基準は長く各国基準(指針)の下敷きとなり,古くから安全基準(safety standard)というタイトルで知られてきた.要するに,指針値を超えない電磁界にばく露されても健康影響はない=安全である.



Q3:
防護指針は,当然これまで研究された事柄を基礎にして設定されているはず.これまでの研究結果が安全だからといって,研究されなかった事柄まで安全とは断言できないのではないだろうか.


A:
そのとおり.しかし,そういっていたら未来永劫何も決まらないので,妥当と思われる歩み寄りが必要.現行の防護指針は,電磁界の刺激作用・熱作用の健康影響に関する研究結果が出尽くして「研究されない事項はもうない」と見られた時点で設定されたもの.今後,もし新現象が予想されたならば,その時点で必要に応じた限度値のマイナーコレクションなどが議題に上がることになろう.



Q
4:電磁波の健康影響に関する各種調査報告書の中に,「危険性が立証されていない」とか「証拠がない」などとあって,「安全である」という言葉が使われないのはどういう場合?


A:
それは非熱作用に関する報告書の場合であろう.非熱作用とは,刺激作用・熱作用を対象とした防護指針の限度値以下の強さ(非熱的レベル)の電磁界の作用のこと.非熱作用による健康影響はない.したがって,これを超えなければ安全であるという限度値(指針値)の設定はないので「安全である」という言葉は使われない.

 ICNIRP 1998指針解説文では,例えば「細胞及び動物モデルのある実験研究において,非熱的レベルの高周波電磁界へのばく露では催奇性や発がんへの影響も実証されなかった」,「60Hzで20μTまでの磁界ばく露では血中メラトニンレベルへの確かな影響は報告されなかった」,「非熱的レベルの振幅変調電磁界へのばく露による生物システムの影響は小さく,健康への影響可能性と関連づけることは困難で,人のばく露限度設定の基礎として用いることは不可能である」と述べられている.

 

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