例えば,数学の発展の歴史の中で,物理学や工学への応用の新境地が見い出さ れてきた.それが物理学の発展を促し,技術上の新しい手法に授けられて,新 しい物性物理の展開を助長し,更に,工学上の必要により,半導体物性・レー ザ物性等の学問の発展をもたらした.特に,数学基礎論・代数論の発展がコン ピュータソフト理論を育成し,半導体物性物理のもたらした高精細製造技術と 相まって,コンピュータ技術の今日の急速な発展をみることができたのである.
一方,数学の解析的な面からは新しい非線形数学が芽生え,ソリトン理論をは じめとする幾多の有用な理論体系が発展してきた.それらがすべて結合され, 総合化されて,ソリトンパルス伝送を使った超高速・超並列光ファイバ通信技 術が世界の最先端を切って,目前の次世代に期待されるに至っている.
これらの例をもってしても,これまでに築かれてきた基盤の中に,どれほど我 が国の研究者・技術者集団の血と汗が注ぎ込まれていたかを想像することがで きよう.
実際,我々研究者集団は,国などの公の乏しい支援を最大限に受け入れながら も,ほとんどが身銭を切って基礎的な研究に精進し,それを発展させてきたわ けで,大きな集団は大きいなりに,小さな集団は小さいなりに,それぞれ,無 理には無理を重ねながら,今日の技術上の地歩を確立してきたのである.
たとえていえば,この基盤は「人工土地」のようなものであって,決して,自 然に発生した,あるいは,古代から神が与え給うた財産というものではないの である.
このような人工土地の上に自らの意欲によって新しい家を建て,そこで何らか の仕事をしようとする人々は,何人といえども,それを築いてくれた人々:研 究者・技術者集団に対する対価・代償を当然あらかじめ用意すべきである.
そして,それを集めて,前記集団に還元するのは国や法制の役割ではなかろう か.
国は,研究開発の実績を高く評価し,その功績に対する対価の負担を受益者に 課することを法的に定めて,効果的に対価を功績者集団に還元し,それが,ひ いては次世代科学技術発展の礎となるように配慮することが望ましいと考えて いる.