見捨てられた大学の惨状と悲鳴の故か,バブル崩壊後の経済状況が逆に幸い してか,補正予算で大型の研究費がつき始めた.しかも,従来の文部,通産, 科学庁などの縄張り意識を打ち破って諸官庁が共同歩調を取っている.これが 補正予算だけで終るとひん死の病人へのカンフル注射ではないがショック死を 起しかねない.しかし事態は好ましい方向へ動き出したようである.科学技術 基本法が成立し,科学技術立国へ向けて基本計画の立案が始まろうとしている. ことは重大である.
研究を活性化するには,重要な研究分野・研究課題を指定し,研究を組織化 してここに重点的に資金を注ぐことも重要である.また優れた研究指導者を抜 てきしてこれを行うこと,研究に競争原理を導入することなど,いずれも緊急 に必要な新しい方向ではある.しかし,これだけで終っては安上がりの一時し のぎの方策にすぎないことも確かなのである.科学技術の研究は研究者個人の 優れた発想と創造性に根をもつ.こうした根を絶やさないためには,一方では 流行にとらわれない自由な個人研究の場を保証し育てていかなければならない, 組織化された大型研究はこうした発想のあとで実るのである.
研究者の量を確保するために導入されつつあるポスドク制度についても問題 が大きい.1万人のポスドク制度を作ることは,若手研究者に自由に活躍する 場を与えはするだろう.これをもとに研究者の世界に競争原理を導入し,人事 の流動性を増やすことも理解できる.しかしほうっておくとこの制度は行き場 のない研究者を増大させ,研究者が定職を得て昇任するのに大きな遅れをもた らし,結果として研究者の生涯賃金の大幅な値下げになる.一方では企業も含 めた技術者,研究者の思い切った優遇策,企業研究者を巻き込んだ産学の交流 など,なすべきことが極めて多い.
我が学会がこうした情勢の中で果たすべき役割には大きなものがあると思わ れる.