The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


理詰めの研究と夢の研究

副会長 佐々木昭夫

 科学技術がたどって来た過去の過程から,未来の研究課題を考えるのは容易 でない.蛍光灯が実用化になったのは,1950 年代中ごろでり,当時電球は点 光源,蛍光灯は線光源,次は面光源に発展すると予測された.それに対し電界 ルミネセンスが候補になり得ると考え盛んに研究された.理詰めで選ばれた研 究課題である.しかし,半世紀経った今も,面光源は実現されていない.

電子計算機に対して,ますます速い演算が要求され,電子に頼っていたので は,いずれ限界が来ると考えられた.電子には質量があり,質量をもつものは, 必ず慣性が伴い応答に時間遅れが生ずる.従って光に頼らなければならない. エレクトロニクスの次に来るのは,ホトニクスであり,電子計算機の次は,光 計算機の研究だといわれた.これも真に理詰めの研究課題である.しかし,い つしか光計算機の言葉はあまり聞かれなくなった.

液晶表示が登場したときは,たかだか時計か電卓表示が限界であると考えら れた.液晶の巨大分子では,応答に限界があるからである.従って液晶による 壁掛テレビの開発というのは,理にかなわぬ夢の研究課題であった.しかし, 今ではハイビジョンテレビ表示ができるようになっている.理詰めだけで研究 課題を取り上げていては,液晶テレビはできなかったであろう.

新しい研究に取り組むとき,一見理詰めで選ばれたものであっても、研究課 題の根底にある物理が変わるのか,変わらないのかを十分考える必要がある. 電灯は白熱発光,蛍光灯は放電光励起発光であり,電界ルミネセンスは,その いずれとも根本的に異なる.

エレクトロニクスとホトニクスの基になっている物理の世界も根本的に異な る.電子の世界には,電位があり電子は高い電位に向かって移動する.従って 情報を一方向に流し得る.電子の運動エネルギーと位置エネルギーは自由に換 わり得る.しかし,光には電位に相当するものがない.また光のエネルギーは 周波数に直接関係し,特定の波長だけの動作となる.電子によるトランジスタ のように任意の周波数で動作し得るデバイスがない.

 理詰めの研究を否定し,夢の研究を礼賛しているものではない.いずれの研 究においても取り組む前に,基本的なことから逸脱していないか.その奥に潜 む物理は何であるかを,十分吟味しなければ科学技術は進歩しないであろう. 新しい領域を切り開くとき,理にかなった理詰めの研究だけでなく,見果てぬ 夢を追い続ける研究も必要ではなかろうか.人間の理詰めには,限界がある. 現象に潜む自然の物理に謙虚に対処した理詰めの研究と,見果てぬ夢を追い続 ける研究,いずれも必要と考える.


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