しかしながらネットワークのディジタル化が完成し,プロセッサや OS が発 達してパソコンが普及し,FTTH(Fiber To The Home)も具体化が進み,LSI もあらゆる所で使われるようになってきた現在,かつての主要テーマはもはや 挑戦的な研究テーマというよりも,成熟した産業上の実用化項目になってきま した.
ところでここ 1,2 年,新しい時代つまりマルチメディア時代への胎動をだ れもが実感するようになりました.携帯電話や ISDN が著しく伸び,ネットワー クにつながるパソコンの数は2年間で2倍の割合で増加しています. 5 - 10 年先を考えると,我々は全く異なる環境に取り囲まれていることになるでしょ う.その時代を支えるのはもはや今までの延長のみではなく,全く新しい技術 になっている可能性があります.
昨年科学技術基本計画が定められ,科学技術研究への国の投資に拍車がかか ることになりました.しかし具体的に何に投資されるかをつぶさに見てみると, 情報通信の分野ではおおむね以前のテーマの単純な延長が主のようです.脳科 学,生科学のように目新しいものもありますが,他の分野とも共通のテーマで すから,残念ながら情報通信固有の魅力ある革新的な研究テーマは見当たらな いようです.
情報通信関係の日本の総研究開発者数は現在 10 万人弱で,毎年 2.3 兆円 の研究開発費が使われていると推定されます.10 年後に広義の情報通信産業 の規模が 120 - 150 兆円になるとすると,研究開発者数は 14 - 16 万人,研 究開発費も 4 - 5 兆円必要でしょう.一方この分野の大学卒業者数は,毎年 学士が2万5千,修士が5千といわれています.仮にこの修士の学生が全員研 究開発に回ったとしても,毎年の退職者数を考えると,現在の 10 万人弱の研 究開発者数を維持するのがやっとになります.つまり新しい研究分野を開拓し, 学生数を増やさない限り,マルチメディア時代を支えることができなくなりま す.それに早くこたえなければ,当然の帰結として企業は優れた研究者を求め, また新しいビジネスを生む研究分野への投資に外国に出て行くことでしょう.
つまり製造部門だけではなく,上流の研究開発部門の海外流出です.そして その兆しは既に顕著に見え始めているのです.