The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


「労働」から「脳働」へ

企画・調査理事 岡村敏光

 我々の実感の有無は別として,国民1人当りの所得水準が世界第2位(賃金 コストも第2位といえよう)となった日本は,アジア諸国の台頭・グローバル 化の大きなうねりの中で,停滞から抜け出そうと政治・行政・経済のあらゆる 既存の仕組み・制度の改革が行われようとしている.そのような中,情報通信 産業が,ついに国の基幹産業にまで成長し「マルチメディアが,産業構造を変 える」が常識化するほど,フォローの風として脚光を浴びている.これは従来 の「労働」による生産から「脳働」による生産へのシフトが不可避との経営判 断が,各産業分野でなされつつあることも一因と思われる.いわゆる知識社会 への移行である.

 一方,総務庁の統計によれば,我が国の技術貿易収支は,1993 年から輸出 超過に転じている.1995 年我が国の収支比は,総務庁統計では 1.43 である のに対し,日銀統計のそれは,0.64 といまだ輸入超過が続いているが,その 違いの理由は「科学技術白書」を御覧頂くとして,いずれも,年々改善の方向 にはあるが,米国の 4.27 にははるかに及ばない.これは,改良発明より基本 発明,ハードウェアよりソフトウェアの権利化が難など,我が国の知的財産に かかわる諸制度およびその運用上の課題もあるが,ここでは特許庁・文化庁に よる解決にゆだねるとして,現行制度下における現状から課題の一部を提起す れば,一つは,米国が本国内への特許出願より国外への出願数が数倍(1994 年は約6倍)であるのに対し,日本はその逆(1994 年は約 1/2)という事実 である.

 当然企業等によって異なるが,総じていえば,米国は知的財産権を重要な経 営資源・国家的資源と位置づけ,国内はもちろんのこと,グローバルに権利取 得している一方,日本は防衛的手段にとどまっているといえるのではないだろ うか.

 次の点は,特許取得件数に関して,米国の大学が日本の大学を上回っている という事実である.1994 年の前者の特許登録 1,862 件(テクノマート調べ) に対し,後者の特許公開件数は 124 件(特許庁調べ)にすぎない.

 特許件数だけで論じるのは,不足であるとの御批判は甘んじて受けるが,少 なくともこれらの事実をふまえ,「脳働社会(知識社会)」へ移行しつつある 日本としては,学・官・産各々の役割の中で,また協同し,まず「知的財産を 継続的に,かつグローバルに創造する」ことが,21 世紀に向け,生き残る道 ともいえるのではないだろうか.


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