The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


若者の学力不足について

副会長 森永規彦

 最近,若い人達の学力不足が問題となっている.確かに,入学試験成績を見ても,入学後の各種試験成績を見ても,以前と比べれば学力不足といわれても仕方のない状況にある.それどころか,講義を受ける態度も至って幼稚であるし,また日本的にいえば失礼でもある.もちろん,茶髪もいるし,ピアスもいる.ジュースやお茶の缶も机上に置きながら受講する.こんなことを気にしていたのでは教師は務まらない.

このように書いてくると,いかにも最近の若者達がどうにもならない連中のように見えてくるわけであるが,しかし,卒業研究の指導を受けに研究室に配属されてきた学生一人ひとりを指導し,大学院を修了するまで個人的に付き合っていると,こちらの見方も変わってくるのに気が付く.

まず,学力不足とはいうものの,卒業研究の出来,不出来という観点から見ると,数年前,10年前の学生に比べて全く遜色はない.しかも10年も前の状況からすると,当時では考えることもできなかったぐらいに,どの技術も高度化し,先端性を帯びているので,たとえ一つの卒業研究テーマにしても,研究の入口で,そのテーマ内容をまずは理解するだけでも,以前とは比べものにならないぐらい高度な専門知識を修得しなくてはならない.このようなことを加味して考えると,決して劣るどころか,彼等もよくやっているといえる.

要するに,今の学生も,数年前,10年前の学生も,その潜在能力という意味では何ら変りはなく,同じだと見てよい.学力不足ということも,見方を変えれば,入試制度の枠組みの中での現象であって,それは入試制度の多様化,パーソナル化に起因するものであろう.規制緩和が社会の各方面で進む中,教育の分野でも,かつてのような横並びの教育,一律的な入試制度をできるだけ変えて,若い人達の選択肢が広がるように,国が中心となってリードしてきたわけである.その過程で,文章表現能力が全く問われないマークシート式の入試センター試験も大々的に導入されたし,理工系に進む場合でも,大学によっては,物理や化学などの理科は必ずしも必要ではなく,場合によっては数学の範囲も大幅に縮小されるなど,選択の余地のない一律的な難しい入試制度を経験した人達からすれば,どうかと思われる内容が出来上がってきたわけである.

したがって,どう見ても,旧体制の中で育ってきた人達に比べれば,今の若い人達の基礎学力が落ちたと見えても致し方ないということになる.しかし,ここで重要なことは,この基礎学力と称するものは,大学自らが教育したものではなく,高校,塾,予備校などが与えたものであって,いわば大学入試のための大きなテクニックに部類するものである.したがって,入試制度が変化すれば,それに伴って入試テクニック(基礎学力)も変ってくるのが当然なのである.入試テクニックを基礎学力と錯覚してきたきらいがある.

本来,大学が必要とする基礎学力は,大学自らが考え,自らが教育すべきものであり,この点,日本の大学は,大学以外の諸機関に入試制度の名の下に余りにも任せきりであったともいえる.日本は,戦後ずっと激しい受験戦争が続いていた上に,大学での教育システムが余りにも貧弱であったので,じっくりと考える余地がなかったのかもしれないが,だれも彼もが,一律の難しい入試問題に取り組んでいたかつての姿こそが異様だったのかもしれない.学力不足と批判されようが,今のように,いろんな選択肢を経て大学に入学してくる姿の方が,世界的に見ても,やはりまともな姿なのであろう.

最近は,必ずしも大学入試を受けて入学するばかりではなく,それ以外に,例えば高等工業専門学校から大学の学部3年生に編入試験を受けて入学してくる学生も増えている.彼らの多くは,その後の学内成績も良く,大学院へ進学し,中には工学博士の学位取得を目指してチャレンジしてくる学生も少なくない.更に,大学入学資格検定(大検)の受験資格が今年度から大幅に緩和され,出願者も一層増えそうである.

このように,大学への入学方法にはいろいろあって,多様化,個性化しており,ひいては大学の活性化にもつながる.要は,大学にとって必要な基礎学力は,だれかに頼ることなく,大学自らが教育し身に付けさすという態度が大切であり,そのためには専門の教官の確保,教室などの施設の拡充など,いわゆる教育インフラの整備が大々的に必要である.そして,もし大学での教育インフラが整備されたあかつきには,欧米の有名大学に見られるように,学生も入学後の勉強の方が大変で,おちおちアルバイトもしておれないということにもなろうし,また大学間にも一層の競争原理が働らくことになるであろう.


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