The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


理科離れと学力低下に思う

四国支部長 竹内賢一

 この数年,教育問題がにわかにクローズアップされている.景気悪化の原因は技術力の低下に帰せられ,その原因の一部は理科離れと学力低下にあるという.しかし,学力問題等に関する文部科学省の説明や対策と新聞等の論調は大きく乖離しており,国民を混乱させるばかりである.筆者は長年にわたり大学の工学部で教育研究に携わり,現在は高専で管理職を務める立場から,最近感じるところを記して読者の御批判を仰ぎたい.

 まずあまり明確でないのは,理科離れの深刻さの程度である.1999年の調査によると理科が好きと答えた小学生の割合は55%で調査対象国中22位であった.ちなみに1〜3位はインドネシア,マレーシア,イランであり,アメリカ合衆国は15位,韓国は23位であった.数学もおおよそ同じ傾向にある.理科離れという表現は,昔に比べて理科が好きな生徒の割合が激減した印象を与えるが,本当にそうだろうか.筆者が小・中学生のころにクラスの半分の生徒が理科を得意としたかどうか疑問である.どの科目が好きかと問われたとき,もし9割もの生徒が理科と答えたとすると,かえって異常ではないだろうか.音楽,体育,国語,社会など理数系以外の科目の方が好きと答える生徒が半数以上を占めるのが自然である.このようなデータを発表する場合には,設問の仕方も詳しく説明するべきではないだろうか.

 理科離れを支持する別のデータとして,家庭で数学や理科の勉強や宿題をする生徒の割合が,先進20数か国中最下位グループに属するということがある.しかし,放課後児童生徒はいろいろな稽古事や塾に走り回っている我が国の現状を考慮すると,この結果は当然と思える.むしろ問題なのは,自由時間に自発的に読書もしなくなった生徒が増えていることであって,事態は理科離れ以上に深刻である.

 以上のようにデータの解釈に疑問はあるが,残念ながら筆者はこれまでの教育現場経験から,理科離れが徐々に進行してきたことを認めざるを得ない.15〜16年前の工学部入学者から,理系に合わない人が増えてきたという印象が強い.これを理科離れとするならば,なぜこのような方向に我が国は進んだのであろうか.また,これを是正する特効薬はあるのだろうか.

 最近,文部科学省はスーパーサイエンスハイスクールの指定を目玉とした「科学技術・理科大好きプラン」を開始した.このプロジェクトは「科目としての理科」が得意な生徒を増やす役目を果たすに違いないが,子供に押し付けた制度にならない運用が望まれる.大切なことは体の中から湧き出る好奇心である.今後我が国が真に必要とする理工系の人材は,三度の食事よりも実験や物づくりが大好きな筋金入りの研究者・技術者である.このような人材は,単に教育制度を工夫して育つとは思えない.何より大切なことは,子供のころから経験する社会の空気であり,自然と向き合ったときの感動体験ではないだろうか.初めて組み立てた真空管式のラジオが鳴ったときや,手製の望遠鏡で土星の輸や木星の月を観測したときの感動が,理系に進む糸口となった読者も多いことと思う.筆者は10数年前パリの真ん中で,高校の化学で最初に教わるゲーリュサックの名前のついた道路に遭遇し,自然科学に対する彼我の意識の違いにがく然とした.道路標識には「1778〜1850物理学者・化学者」という説明まで付されていた.また,ボストン科学博物館で大がかりな落雷実験装置に驚嘆し,プラハ国立博物館の膨大な岩石の標本に圧倒された.国家百年の計が科学技術創造立国であるならば,子供のころから知らず知らずのうちに国が誇る科学者の名前に触れ,そして少なくとも主要都市で科学の粋を集めた本格的な自然科学館が子供に開放されるような国づくりが必要ではなかろうか.「ゆとり教育」が真に効果を発揮するためには,各学会の連携に基づいた国家的な投資が求められる.


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