The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


強さは弱さ.安定は不安定.
激動の情報通信事業環境と学会のあり方

企画理事 並木淳治

 かつて,IEEEのCommunications Society(ComSoc)主催の国際学会ICCのキーノートスピーチで当時絶好調の北米通信機器某ベンダ役員が,現在起っている情報通信革命を予見し,商品計画の全面的転換を宣言した.時のComSocのチェアのD氏は,インターネットの台頭にComSocが何らの寄与を果たしていないことを自戒した.D氏の問題提起には共感しつつも,某社の役員のスピーチが居並ぶ北米キャリヤ関係者の前で行われたことに,驚きとある種の畏敬の念を覚えたものである.

 さて某社にして,かくも過酷な市場変化について行けず困窮の中にあり,米国第一のベンダの株価もダイムで数えられるほどに低下した.ComSocの地盤沈下も明らかで,隆盛を誇った同国際会議のにぎわいも陰りの中にある.

 “来なかった次世代”,“来たのはパラダイムシフト”とは青山総務理事が先の巻頭言で書かれた問題提起である.現在の電子情報通信事業は“技術主導”ではなく,明らかに“ビジネスモデル主導”で展開しており,多くの新技術はその開発・実用化コストを回収するビジネスモデルに恵まれず,日の目を見ずにその活力をそがれていくものも少なくない.次世代論も技術論から,ビジネスモデル論へとパラダイムシフトしたのであれば,技術主導の中で想定された次世代論の多くが同じ運命をたどることはその意味で必然なのであろうか.

 学会活動を大きく分けると,基礎技術の追求と新市場開発の促進に大別される.前者はいわゆる“基礎・境界”ソサイエティの活動を意味し,他の三つのソサイエティ活動は多かれ少なかれ新市場開拓の側面を色濃く持つ.ならば,市場が技術主導からビジネスモデル主導にシフトしたことを受けた構造改革ができたのであろうか? インターネット関連事業者への学会参加は進んでいるのか? 論文至上主義が彼らの参加を阻んでいないのだろうか? 現在の研究専門委員会は,相対的にその地位を確実に落としているにもかかわらず相変らず,従来のコミュニティ内での改革に明け暮れていないだろうか? 現在の役員制度で技術主導からビジネスモデル主導という直交した価値観の転換を受け入れることができるのだろうか? “基礎・境界”領域中心の運営を多くの学会員が望んでいるのであろうか? 等々課題は尽きない.

 周到な検討の後,移行したソサイエティ制も今もって試行の域を出ていない.その中で最も収支の安定している最大ソサイエティの地すべり的崩壊を予想する方もおられる.最大規模の根源は正に一世代前の隆盛そのものであるという御指摘なのだ.“安定は不安定.不安定は安定”という戒めがある.静的安定こそ激動の環境において最も不安定な存在なのであろう.その中で,ソサイエティ運営委員会だけはソサイエティ会長の思惑とは別に肥大化しているのも心配である.

 本学会は次々にその活力を失いつつある多くの学会の中で,産・学・官のバランスも良く,IEEE一極化の弊害を救う意味で極めて重要な存在であり,その期待にこたえなくてはならない.ならば,現在の体制をベースにした改革ではなく,将来の情報通信事業を担う新たな多くの仲間と共有できる価値観を基軸にした学会像からスタートし,その中で現在の組織をどのように変えていくべきかを議論する必要がある.電子情報通信分野を支える“もう半分”の仲間の参加こそ重要であり,その実現に向かってはすべての価値観も見直す必要があろう.

 “来なかった次世代”,“やってきたパラダイムシフト”転じて“変らない学会”,“やってきた崩壊”にしないために,今こそ果敢かつ敏速な変化が求められよう.


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