The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


学会の役割と精神

総務理事 中嶋信生

 確か30年くらい前に,本会全国大会で朝日新聞社論説委員の講演を聞いたことがある.いわく,「日本の産業の発展に学会が果たした役割は非常に大きい.企業は他社の発表を聞いて勉強し,お互いに技術を高めていった.」有名なBell研の刊行物Bell Systems Technical Journalには,貴重な研究成果が満載されており,通信技術者のバイブルであったが,残念ながらもう存在しない.かつての国際会議では,企業の発表が多かった.必要性からスタートした企業の発表は,大学に対して研究の方向性を与える役割もあった.また,特許に関する話の一つに,トランジスタの発明者は,技術を広めるため,あえて権利化しなかったと聞いたことがある.昔は皆おおらかで,研究はどちらかというと楽しいものであった.

 現在の状況を対比して描いてみよう.国際会議における企業の発表は極めて少なくなってきた.競争を強く意識してのことである.特許がビジネス上の大きな武器として利用されるようになり,サービスも権利化できるようになった.このため優れた技術を開発しても事業として成功を収めることがなかなか難しくなってきた.これらの変化に加えて,技術開発が速すぎてニーズが見えなくなり,情報通信システムが極めて複雑になってきたことも,従来と違っている.研究が大変な時代となってきた.

 そろそろ研究開発の進め方に,転換が必要ではないだろうか?答えを持っているわけではないが,例えば上記論説委員が説く昔のスタイルに戻ってはどうであろうか.異なる専門家間の学際的情報交換の機会を増やし,研究者が立場を超えて納得できるまで議論する.話し合っているうちにいろいろアイデアが出てくることをしばしば経験するが,出し惜しみしない.さもないと,もっと大きなアイデアが出る可能性を失う.技術論だけでなく,社会や人間とのかかわりまで含めて議論する.ニーズ開拓の突破口もそこにあるかもしれない.シリコンバレーでは,ベンチャー精神を持った人たちが,ちょっとした機会をつかまえて情報交換をやっていると聞く.例えば,横須賀リサーチパークなどの研究開発拠点で,そのような場ができることがこれから重要であると思う.ただし,「場ができる」とは,物理的に作るだけでなく,人々がその気にならなければ全く意味がないことも付け加えておく.

 新しい時代に,我が国の将来に向けた研究開発のかじ取りをするのは学会の役目であり,学会役員・構成員がその意識を持つことが重要である.電子情報通信学会は,各ソサイエティが常に変革を志しており,事務局の努力も相まって活動は非常に活発であるが,更に上記の問題にも取り組んでみたい.ところで学会を運営していくのは,役員にとっては全くのボランティアであり,この多忙な時代にボランティアに力を注ぐのはできれば避けて通りたいと実は思ってきた.しかし,活発な学会活動が我が国の国際競争力を高めていく上で重要な鍵であると認識するに至り,これから頭をフレキシブルにして貢献していきたいと考えるこのごろである.


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