The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


ITの進歩から生まれた新たな課題

関西支部長 田中初一

 情報通信技術(Information Technology)の進歩は人間に幸福感を与えているであろうか?コンピュータ技術と通信技術の進歩により生み出された高度情報化社会を享受できるようになり,一見人生が豊かになったかのように思われる.しかし現状をよく観察してみると,精神的な面で人生がそれほど豊かになったとは思われないし,幸福感もそれほど感じられない.それは一体なぜなのであろうか.

 情報通信技術の進歩は経済的にも情報的にも貧富の差を助長しており,熟年層における経済力の較差と情報活用能力の較差,いわゆる“ディジタル・ディバイド”が顕著になっているように思われる.一部の熟年層はIT技術を駆使してその恩恵を受け,経済的にも精神的にも豊かな人生を楽しんでいる反面,時代の急激な変化に追従できず,社会から疎外された気持で憂うつな毎日を暮らしている熟年層の方々も多数おられることを忘れてはならない.

 一方若年層では,IT時代の申し子として各種の情報機器を頻繁に利用し,想像もできないような利用形態を編み出しながら,高度情報化時代を享受している.しかし,昨今の青少年犯罪には必ずといっても過言ではないほど情報機器の巧妙な利用が絡み,IT技術の利便さが犯罪を助長しているかのように見受けられる.このような最悪のケースを除外して考えても,各種の情報機器の利用頻度が増加するにつれて,最近の学生の中には国語力が急激に落ち,自分の考えを正しい文章で明確に表現できない状態に陥っている人が急増している.また,テレビと携帯電話の時代を反映して,読書の時間や文章を書く機会が極端に少なくなり,正しい日本語が書けないことのみならず,文章や式で記載された内容を自分の頭の中で概念に変換し,そのイメージを描く能力が減退している学生も急増しているように思われる.最近の大学入試や編入学試験で「小論文」を課す大学が増加する傾向にあり,また本年より日本語の検定試験が始まったとのことであるが,このような社会情勢は若年層への各種情報機器の急激な普及と無縁であろうか.

 熟年層の問題は社会の福祉政策によって,時間の経過とともに徐々に解消されていくものと思われるが,これから日本を支えていかなければならない若年層の問題は深刻である.高度情報化社会を享受して豊かな人生を過ごすためには,幼少のころから情報教育を推進する必要があると思われるが,それと同時に情報通信倫理教育の徹底はいうまでもなく,日本語の文章を読んで概念のイメージを描くことができたり,逆に自分の考え方を簡明な正しい文章にまとめて表現できる能力を備えた若年層を育成するために,何らかの新しい施策が必要であろう.


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