The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


IT(情報通信技術)と学会

企画理事 阪田史郎

 IT分野では,1990年代初頭以降の急速なオープン化に伴い,技術のグローバルスタンダード化,コモディティ化が進展した.IT革命ともてはやされ,システム開発の加速,製品ライフサイクルの短縮を促した一方で,先行企業の優位性持続の困難化,技術そのものの短命化を招き,即効的なビジネスへの過度な期待も重なって,21世紀初頭にあえなく失速しITバブルが崩壊した.情報通信事業は,ソリューションの名のもと,技術主導からビジネスモデル主導へ,技術の革新性よりも応用重視へ,中長期を見据えたビジョン達成型から短期即効型へシフトした.企業の研究開発においても,ややもすると技術軽視の風潮さえ生み出し,企業からの論文発表数,会員数は,ITバブル崩壊以降減少の一途をたどっている.1990年代半ば以降米国でもいわれるようになった一部技術の成熟化により,ユニークで骨太の研究が影を潜め,研究の小粒化,似たり寄ったりのテーマの増加感は否めない.

 一方,ITの中核をなすソフトウェアについて,昨今日本の惨状を憂う指摘が多くなっている.日本のプログラム開発技術は,ゲーム,家電,携帯電話など一部を除けばお世辞にも高いレベルとはいえない.国際競争力についても,2000年に輸入額が輸出額の100倍を超える極端な輸入超過になっている.米国では,IT先端企業が安い人件費と高い技術力を求めて,ITでは後発のアジア諸国にソフトウェア開発をアウトソースする例が急増している.この現象はオフショアリングと呼ばれ,米国国内のソフトウェア技術者の雇用機会を奪いつつある.ソフトウェア産業を志す若者が減少し産業の先細り,ひいては社会問題,政治問題を引き起すと懸念されている.これまで,言語の壁や独特の商習慣,公共事業に対する諸々の規制によって手厚く保護されてきた日本にも,早晩オフショアリングの波が押し寄せてくることは間違いない.

 このような極めて厳しい環境においてこそ,学会の果たすべき役割は大きい.技術のコモディティ化が骨太のイノベーションの創出を阻害し,小粒研究が主流になったとはいえ,企業の積極的な参加なくして学会の発展はない.学からの発表に限られるような研究専門委員会の見直しも必要となろう.学術・技術の成果を社会に還元し,産業力を強化するための産学協力においては,技術のコモディティ化を,逆に次のイノベーションにつなげるような発想の転換が必要となる.しかしここで技術軽視に陥ってしまっては,イノベーション自体の終えんを招いてしまう.ソリューション指向→技術軽視の風潮を一掃していく戦略も不可欠となる.学会として,技術の底流を見据えたこの発想の転換に寄与する活動が求められる.

 ソフトウェアの問題は,多層下請けという日本独特の産業構造に帰着されることが多い.しかし技術面からは,大学教育のフェーズから,IT産業におけるソフトウェアの役割の認識,そのための人材育成について長期的視野に立った戦略が欠如していたことが大きな要因と考えられる.コモディティ化されたITを次のイノベーションに生まれ変える原動力となるソフトウェアについては,欧米はもちろん既に日本を超える先進国となったアジア諸国とも,各国の社会環境や国民性に応じた適正なすみ分けに基づく協調が求められる.そのためには関連する他学会とも協力し,教育・研究から産業・社会還元までのトータルなテクノロジーバリューチェーンを踏まえた,体系的プログラム作りとその推進が肝要である.

 以上の課題に対し,学会として具体的な方策を提示しそれを着実に実行することにより,真のグローバルCOEの創出と新しい価値の創造につなげることを強く期待したい.


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