The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


2006年問題

調査理事 小柴正則

 「平成11年告示学習指導要領」に基づく大学入試が実施されるまで,一年足らずとなった.この「平成11年告示学習指導要領」とは,大学教育関連では,「新高等学校学習指導要領」が該当する.従来までの学習指導要領に比べて,学習内容が3分の2程度に削減され,その影響は,当然のことながら,大学教育にも及ぶことになる.2006年(平成18年)4月には,この新学習指導要領に基づいて高校教育を受けた生徒が大学に入学してくることから,これにかかわる一連の問題を「2006年問題」と称している.

 高校までの学習内容がこれほどまでに削減されると,恐らく学力低下は必至で,従来の三段階の学力レベル,すなわち,上位,中位,下位といったグループの下に,もう一つの新たなグループができると予想される.このため,こうしたことを踏まえて,入学後の教育カリキュラムを抜本的に改訂せざるを得ない状況にある.学生の学力の多様化に,どのように対応して学習効果を高めていくか,これが平成18年度以降の新しいカリキュラム策定の根幹となる.まさしく,個々の大学の真の意味での教育力が問われることになる.

 昨年12月には,経済協力開発機構(OECD)が,欧米,アジアの41の国,地域の15歳を対象として実施した「生徒の学習到達度調査(PISA)」の結果を公表した.日本の生徒の得点分布から,いわゆる「できる子」と「できない子」の両極分化傾向がうかがえると,新聞報道されている.学力の多様化が顕在化しつつあり,まさしく,上位,中位,下位グループの下に,新たなグループが形成され始めているのかもしれない.日本の生徒の学力は,世界トップレベルとはもはやいえず,国際的に上位にはあるものの,最上位とはいえない状況に至っていることは,そのとおりなのであろう.

 さて,一方で,我が国は「科学技術立国」としての地位を築き,経済的にも,技術的にも,そして学問的にも,世界から一目置かれるまでになっている.これは,日本人の勤勉な国民性によるものであろうが,これまで「教育」が果たしてきた役割も忘れてはなるまい.今日の生徒は明日の科学者であり,技術者であり,「2006年問題」は,ひとつ大学だけの問題にとどまらず,国民的課題として解決していく必要があると思われる.折しも,現在,第3期の科学技術基本計画が策定中であると聞く.「科学技術立国」としての地位を確固たるものとするため,第3期の計画では,国民と科学者,技術者との連携をこれまで以上に重視した施策が盛り込まれるようである.

 「2006年問題」は,大学の入口,入学時での問題であり,これが出口まで尾を引くことは許されない.卒業時には,社会が求めるレベルに到達させなければならない.これを可能ならしめるには,もちろん,大学の不断の教育改革が必要であるが,広く国民の理解を得ることが不可欠である.科学者,技術者の集団である学会,特に,本学会のような我が国有数の大学会は,科学技術と社会を結ぶプロとしての役割を果たすことが必要であろう.2006年に大学に入学した学生は,2010年には,社会に巣立ち,あるいは大学院に進学する.産業界と学会と大学とが三位一体となって,「2006年問題」解決の糸口を見つけなければならない.待ったなしである.「2000年問題」が杞憂に終わったように,「2006年問題」もそうであることを望みたい.


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