The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


宇宙太陽発電衛星は Space Fiction?

電子情報通信学会誌Vol.82 No.3 pp.289-289

賀谷信幸

賀谷信幸:神戸大学工学部情報知能工学科
E-mail kaya@kobe-u.ac.jp
Solar Power Satellite is a Space Fiction? By Nobuyuki KAYA, Nonmember (Faculty of Engineering, Kobe University, 657-8501 Japan).

1. 宇宙太陽発電衛星って何?

宇宙太陽発電衛星(SPS]Solar Power Satellite)って御存じでしょうか?巨大な太陽電池パネルを宇宙に打ち上げ,発電した電力をマイクロ波で地上に送電しようという構想です.この話を聞かれた方は,なぜわざわざ宇宙で発電するのですか?マイクロ波で途方もないエネルギーを送ったら危険ではないのですか?と,いろいろな疑問を投げかけられます.ほとんどの方が「夢があっていいですね」の誉め言葉?か,「Space Fiction ですね」と言ってとりあってくれません.本当に夢物語なのでしょうか?非現実的な構想なのでしょうか?
そもそも SPS は 1968 年にアメリカの Peter Glaser 博士が提案した構想です.1978 年にはアメリカのエネルギー省と NASA が真剣に検討して,レファレンスシステムと銘打った 500 万 kW 出力の SPS のコンセプトを発表しました.
その後エネルギー危機も去り,アメリカでの研究は完全にストップしてしまいました.しかし日本では宇宙科学研究所を中心に MINIX(1) と ISY-METS(2) と名付けた2機のロケットによる大出力マイクロ波と電離層プラズマとの相互作用の実験や,SPS 2000 と称する SPS の概念設計研究(3)が行われ,多くの成果が得られています.またマイクロ波無線送電の研究でも模型飛行機(4)や飛行船(5)へ電力を送り,プロペラを回転させて飛翔させるデモンストレーションに成功し,マイクロ波無線送電の可能性を実証しています.

2. 宇宙太陽発電衛星からの CO2

 1997 年 12 月に開催された気候変動枠組み条約第三回締約国会議(温暖化防止京都会議]COP3)は,毎日のようにニュースで取り上げられ世界中の注目を集めました.未来の地球のために可能な限り CO2 を削減し,地球の温暖化を防止しなければなりません.その一方で,経済発展のためにエネルギー需要がうなぎのぼりで増加し,CO2 の発生がどこまで増えていくのか予想できない状態です.発電所からの CO2 の発生を食い止めるためにも,資源の枯渇による将来のエネルギー危機を回避するためにも,環境にクリーンな大型代替エネルギー源を早急に開拓しなければいけません.
 SPS は宇宙で発電した電力をマイクロ波に変換し地上に送電する構想です.地上ではマイクロ波を単に整流して,直流に変換するだけなので,運用時には CO2 の発生はほとんどゼロです.当然ながら建設時に発生する CO2 の量も正確に評価しなければいけません.慶応大学の吉岡教授のグループによる試算(6)では,レファレンスシステムでも1kWh 発電時の CO2 は 20 g/kWh でした.これは石炭火力発電の 1,225 g/kWh の約 60 分の 1,原子力発電の 22 g/kWh より若干少ない値です.しかも CO2 の 60% は太陽電池製作時に排出されるものです.SunTower のようにフレネルレンズや反射板を用いれば,太陽電池は減り,排出量は更に減らすことができます.このように SPS は環境にクリーンな大型代替エネルギー源といえます.

3. NASA で見直された宇宙太陽発電衛星

レファレンスシステムが提案されてから,既に 20 年がたちました.20 年間の科学技術の進歩は目覚ましいものです.半導体技術,マイクロ波技術,宇宙構造物,当然,宇宙輸送機の研究など,SPS の実現性をもう一度見直すには十分な科学技術の進歩です.NASA では 1995 年から3年間にわたり「Fresh Look Study(新たな気持で見直そう)」と銘打って SPS の再検討が行われ,報告書が 1997年4月にまとめられました.目的は「SPS が地上の代替エネルギー源の電力料金同等もしくはそれ以下の価格で地上電力網に供給することができるものなのか,また,SPS は本当に環境に対してクリーンなエネルギー源なのか」を見極めようとするものです.そのために幅広い技術分野から約 100 名の専門家が集められ,約 30 種類の SPS のコンセプトの洗い直しから検討が開始されました.1978 年に発表されたレファレンスシステムから,実験室でもまだ実証されていない最先端技術を用いたコンセプトまで幅広く調査されました.最終的に7種類のアーキテクチャと4種類の SPS のコンセプトが選ばれました.その中で最も注目されたのが SunTower と命名されたコンセプトです.
図1に示すように SunTower は,「ひまわり」の花の部分に当たるマイクロ波送電アンテナ(地上に向いた六角形)と,葉に相当するフレネルレンズと太陽電池が,長いテザー(茎)で結ばれた構造です.フレネルレンズで集光され太陽電池で発電された電力は,テザー(高温超伝導ケーブル)を経由し,マイクロ波送電アンテナにより地上に送電されます.SunTower は長いテザーで結ばれているため,重力傾斜により常にマイクロ波送電アンテナは地上の方向を向くことができます.SunTower には多くの新しい技術が導入され,半導体によるマイクロ波送電アンテナ,テザーやインフレータブル構造による巨大構造体や自律的な自動組立システムなどが挙げられます.
当然,問題になるのは電気料金です.そこで具体的かつ詳細に Excel を用いてモデルによるコスト計算を行っています.高度 6,000 km に 63 基の SunTower を打ち上げた場合,1 kWh を 16.26 セントで供給できると算出しています.ちなみに日本では約 18.8 円/kWh です.この料金なら SPS は認められるのではないでしょうか.

4. 我々の宇宙太陽発電衛星

 NASA に負けずに,我々も新たにサンドイッチ型 SPS の提案をしています.図2に示す SPS は二重の反射板により太陽光を集め,円盤状の小型な太陽電池で発電し,その裏面の送電アンテナで地上に送電する構想です.円盤の片面は太陽電池,反対の面はマイクロ波送電アンテナで,サンドイッチ構造です.太陽電池とマイクロ波増幅器が表裏一体なので,大変重い集配電装置やロータリージョイントが不要になり,衛星重量が軽くなります.反射板には風船を膨らまして作れば大変軽くできます.重量が一けた減れば,打ち上げコスト,材料費,製作コストが一けた減ることとなり,一気に SPS の実現性が増えます.このようなブレークスルーにより SPS はもっと簡単に安価に実現される可能性が十分にあるわけです.
 SPS はひょっとすると実現できるかもしれないと思いませんか?しかし SPS はいまだ机上検討から脱していません.早急にデモンストレーションなどにより技術的に実証する段階へと踏み出さなければいけません.NASA に負けずに日本も研究開発を積極的に推進しようではありませんか.


文献
(1) N. Kaya, H. Matsumoto, S. Miyatake, I. Kimura, M. Nagatomo, and T. Obayashi, “Nonlinear Interaction of Strong Microwave Beam with the Ionosphere,”Space Power, vol.6, pp.181-186, 1986.
(2) N. Kaya, H. Kojima, H. Matsumoto, M. Hinada, and R. Akiba, “ISY-METS Rocket experiment for microwave energy transmission,” Acta Astronautica, vol.34, pp.43-46, 1994.
(3) SPS 2000 タスクチーム,SPS 2000 概念計画書,宇宙科学研究所太陽発電衛星ワーキンググループ,July,1993.
(4) N. Kaya and H. Matsumoto, “METS rocket experiment and MILAX airplane demonstration,”Journal of Space Technical Science, vol.8, no.2, pp.16-21, 1993.
(5) N. Kaya, S. Ida, Y. Fujino, and M. Fujita, “Transmitting antenna system for airship demonstration (ETHER), Space Energy and Transportation, vol.1, no.4, pp.237-245, 1996.
(6) 吉岡完治,菅 幹雄,野村浩二,朝倉啓一郎,“宇宙太陽発電衛星の CO 負荷,”日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業複合領域「アジア地域の環境保全」慶応義塾大学産業研究所ディスカッション・ペーパー,no.2,1998.

かや のぶゆき
賀谷 信幸
昭 48 京大・工・電気卒.昭 50 同大学院修士課程了.同年神戸大・工・計測(現在,情報知能に組織変更)助手.無線送電と SPS の研究に従事.現在,教授.昭 63 宇宙科学研究所客員助教授.平8国際宇宙航行連盟電力委員長.工博.昭 63 井植文化賞,平5田中館賞受賞


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