The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


軌道上保全システム

電子情報通信学会誌Vol.82 No.8 pp.820-823

木村真一

木村真一:郵政省通信総合研究所
E-mail shin@crl.go.jp

Orbital Maintenance System;OMS.By Shinichi KIMURA, Nonmember (Communications Research Laboratory, Ministry of Posts and Telecommunications, Koganei-shi, 184-8795 Japan).

1. は じ め に

  日本では,近年,Manipulator Flight Demonstration(MFD)や技術試験衛星VII型(ETS-VII)での宇宙ロボット実験に相次いで成功するなど,宇宙ロボット技術の分野において目覚ましい成果を挙げている.特に ETS-VII の場合,世界で初めて人が手助けすることのできない,完全に無人の環境で遠隔操作実験を行ったものであり,この分野において日本が先駆的な役割を果たすことが世界的に期待されている.郵政省通信総合研究所(CRL)では,これらの宇宙ロボット技術を活用し,軌道上で衛星の検査監視・不要衛星の除去・不具合衛星の修理等を実現する「軌道上保全システム(OMS:Orbital Maintenance System)」を提案しており,これに向けた宇宙ロボットを用いた軌道上での検査技術に関する研究を展開してきている(1)〜(6).ここでは,OMS のコンセプトとその実現へ向けた技術開発について紹介する.

2. 軌道上保全システム(OMS:Orbital Maintenance System)

 1997 年地球観測プラットホーム衛星「みどり(ADEOS)」が太陽電池パドルの破損により機能喪失した.この事故では,かなり早い段階で地上との通信が途絶したために,状況の把握が非常に困難であった.現在のところ,宇宙機の状況の把握はテレメトリー(用語)情報に多くを頼っており,宇宙機からの通信路が途絶した場合,その状況の把握は非常に困難となる.その後,事故の原因について解析とシミュレーションにより詳細に検討されたが,不明な部分も依然残されている.不具合を発生した宇宙機にランデブー(用語)しその状況を把握する遠隔検査サービスを実現することができれば,不具合の状況把握が的確に行われ,不具合の復旧作業等適切な対応が可能となる.また,不具合の原因をより詳しく解明することにより後続の宇宙機の信頼性を高めることも可能となる.
また,近年,衛星の打上げロケットの残がいや使用済み衛星等によってもたらされる,宇宙空間に浮遊する物体,いわゆる宇宙デブリの増大に伴い,運用中の衛星との衝突の危険性が高まりつつある.事実,1996 年7月にはフランスの衛星がカタログ化された宇宙デブリと衝突している.米国でも,全米科学アカデミーがスペースシャトルの運用に当たって宇宙デブリ等への対策の必要性を指摘している.こうした中,宇宙通信市場は今後も拡大することが予想され,21 世紀初頭にかけて多数の通信・放送衛星の打上げが計画されていることから,宇宙通信の健全性を確保するためには,宇宙デブリの発生を抑制し,良好な宇宙環境を維持することが緊急の課題である.そのためには,通信・放送衛星等に対する軌道上サービスに必要な技術を早急に確立する必要があり,その初期段階である検査技術の開発及びその実験・実証を可及的速やかに行う必要がある.
このような問題意識から,我々は,通信・放送衛星等を軌道上において検査,修理,不要衛星の除去などを行うことで宇宙通信システムの信頼性向上,宇宙デブリを低減することを目的として,軌道上保全システム(OMS;Orbital Maintenance System)を提案している(図1).
 OMS を実現する上で必要となる技術は,制御されていない衛星へのランデブー技術,遠隔検査技術,衛星の捕そく技術など多岐にわたり,かつ,技術的に難易度も高いため,一度にすべての実証を行うことは非常にリスクも高く,コストインパクトも大きい.しかし,これらの技術の依存関係を整理し,段階的に実証することを考えると,それぞれの段階での技術的ギャップは小さくなり,ある程度小さな衛星でコストを押さえて実証することが可能になる.また,確立できたものを用いて,部分的にサービスを提供するということも可能になる.我々は図2に示すように,Inspector(検査),Reorbiter(不要衛星除去),Repairer(修理)の三つの小型研究開発衛星を段階的に打ち上げ実験することにより OMS に必要となる技術を確立する「OMS Lights」という技術開発シナリオを提案している.まず,Inspector で制御されていない衛星へのランデブー技術や遠隔検査技術を確立する.この段階で不具合衛星の検査や衛星の状態監視等のサービスは提供できるようになる.次いで,Reorbiter では,Inspector で確立したランデブー技術や監視技術を用いて,制御されていない衛星を捕そくする技術を確立する.この段階で,不要衛星の除去やデブリの回収等のサービスが実現できるようになる.更に,Repairer は Inspector,Reorbiter で確立された技術を使って,衛星の修理やコンポーネント化された部品・燃料等の交換を行う,本格的な OMS 技術を確立する.

3. OMS 実現へ向けた技術開発

3.1 遠隔検査技術に関する軌道上実証計画(OLIVe 及び micro-OLIVe ミッション)

CRL では OMS 実現へ向けた技術として,最初の段階で必要となる検査監視技術の技術実証ミッション(OLIVe Mission:OMS Light Inspector Vehicle Mission)を西暦 2002 年ごろをめどに実現するべく検討を進めている.OLIVe Mission では,模擬対象として打上げに用いたロケットの2段目部分を用いて,制御されていない対象へのランデブー技術や遠隔検査監視技術について実証を行うことを想定している(図3).
これに先立って西暦 2000 年に環境観測技術衛星(ADEOS-U)との相乗りにより打上げが予定されている μLabSat において,宇宙開発事業団,航空宇宙技術研究所,東京大学等と共同で,画像処理計算機や検査監視カメラ等の部分先行実証(micro-OLIVe Mission)を行うことを計画している.OLIVe Mission で使用する画像処理計算機や検査監視カメラ等は,ランデブー時に対象との衝突を回避する上でも重要な搭載機器であり,これらの機器が正しく機能することはミッション成立上必須であるだけでなく,安全確保の観点からも重要である.そこで,これらの搭載機器を宇宙開発事業団が開発している μLabSat に搭載して,軌道上で映像を取得することにより,これらの搭載機器の基本機能と画像処理方法に関して先行的に実証する.

3.2 検査用モジュール型ロボットの開発

宇宙ロボットが抱える大きな問題の一つに,そのコストの高さがある.これは,宇宙空間という過酷な環境条件の下で,非常に高い信頼性が求められることがその主たる原因となっている.宇宙ロボットは,その性質上多くの可動部分を持つが,いったん軌道上に投入されたら最後,故障しても修理を行うことが非常に難しい.その意味で,宇宙ロボットはこれまで想定されてきた多くの極限ロボットよりも,ある意味で過酷な条件で作業することになる.また,先に説明した OMS では,非常に長い期間運用する必要があるにもかかわらず,通信放送衛星など OMS サービスを受けるシステムより十分に低コストでなければ採算が合わないことから,コストの問題は極めて深刻であるということができる.
そこで,通信総合研究所では新しいコンセプトとして,宇宙ロボットを自律的で交換可能なモジュールから構成し,それぞれのモジュールは低コストである程度の故障を覚悟する代りに,システム全体としてタスク達成に対してよりロバストな「したたかな」宇宙ロボットを提案し,研究を進めてきた(図4).まず,各モジュールがそれぞれ頭脳を持ち,他のモジュールとの情報交換の中で,状況に応じて自律的に制御することで,部分的な故障に対し自律的に適応し続けることが可能である.更に,モジュール単位で再構成を行うことで,ロボット自身の「手」でロボットを修理することも可能である(2)〜(6).

3.3 関連する研究開発

科学技術庁航空宇宙技術研究所では 1998 年から,宇宙環境安全・利用技術に関する総合研究を展開しており,この中で宇宙デブリの発生防止技術,宇宙デブリからの防御技術,宇宙デブリの観測・モデル化等の技術について総合的に研究が行われている.
 一方,通商産業省電子技術総合研究所では,1997 年から通信総合研究所,九州大学,東北大学と共同で,宇宙情報通信システムの軌道上保全技術に関する特別研究を実施し,故障衛星の診断技術,捕獲技術や軌道外投棄技術等について研究を行っている.
 宇宙開発事業団と東京大学では,1998 年より小型アイボール衛星(用語)の地上実験モデルを作成し,画像処理及び制御技術の検討を行っている.  更に,宇宙開発事業団では,技術試験衛星VII型で開発された技術をより発展させて,衛星の修理等を視野に入れたより具体的な技術実証ミッションの検討を精力的に行っている.このような実証ミッションは OMS Repairer 等で想定していた技術の実現へ向けた取組みとして期待されるところである.

4. ま と め

ここでは,OMS のコンセプトとその実現へ向けた技術開発について紹介してきた.現在,OMS 実現へ向けた最初の軌道上先行実証である micro-OLIVe が西暦 2000 年の打上げを目指し,本格的な準備段階に入っている.今後も関係各機関と協力しつつ,実現へ向けて研究開発を展開してゆきたい.

文 献


きむら しんいち
木 村 真 一 (正員)
昭 63 東大・薬・製薬化学卒.平5同大学院博士課程了.同年郵政省通信総合研究所入所.以来,宇宙ロボット並びに自律分散システムに関する研究に従事.平 11 より電気通信大学客員助教授を兼務.主任研究官.薬博.


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