The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


コヒーレント THz波発生

電子情報通信学会誌Vol.82 No.9 pp.943-946

谷内哲夫、伊藤弘昌

谷内哲夫・正員 東北大学電気通信研究所
E-mail・taniuchi@riec.tohoku.ac.jp
伊藤弘昌・正員 東北大学電気通信研究所

Coherent THz-wave Generation. By Tetsuo TANIUCHI and Hiromasa ITO, Members (Research Institute of Electrical Communication, Tohoku University Sendai-shi, 980-8577 Japan).

1. は じ め に

   周波数域の拡大は電気通信の歴史そのものともいえ,GHz 帯をほぼ制覇した今日,テラヘルツ(THz)帯の開拓が大きな夢となっている.THz 帯は,図1に示すように光波とミリ波の狭間にある波長が1mm 以下の電磁波であり,化合物半導体電子デバイスの超高速化のアプローチと,大幅な特性向上が図られているレーザ・非線形光学技術をベースとしたアプローチがある.
 近年,レーザ・非線形光学のルネッサンスとも呼ばれるように,半導体レーザ(LD)励起固体レーザ等の様々な技術革新が行われた.中でも,ピコ秒以下のキャリヤ寿命を有する高速光伝導(PC)素子にフェムト秒光パルスを照射することによる電磁パルス発生(1)は,フーリエ分解すると THz 域まで広がる極めて広い周波数成分を有しており,THz 時間領域分光法(2),あるいは THz イメージング(3)等の新たな応用分野が開けている.
 一方,コヒーレントな THz 波発生は,レーザ出現の当初から差周波発生(DFG)(4)等の非線形光学効果(用語)を用いて研究が行われたが,実用レベルの特性が得られなかった.最近 LiNbO3 結晶を用いた新しいデバイス構成(5)のパラメトリック発振により,Nd・YAG レーザを励起光源として波長域 150〜300 m(1〜2 THz)の波長可変 THz 波発生に成功し,研究が再燃している.また高速 PC 素子に2波長の半導体レーザ光を照射することにより CW の波長可変コヒーレント THz 波発生(6)が行われ,気体分子の高分解分光(7)等への応用が拡大している.その他,半導体結晶表面(8),結合量子井戸(9),コヒーレントフォノン(10)等を用いた種々の興味ある THz 波発生現象が研究されているが,これらについては他の優れた解説(11)があるのでここでは割愛し,本稿ではパラメトリック発振によるコヒーレントな THz 波発生を中心として概説する.

2. THz 波発生方式

 光技術を用いて THz 波を発生させる主な方式を以下に示す.
 (A) 非線形光学結晶を用いた DFG
 (B) 非線形光学結晶を用いたパラメトリック発振
 (C) PC 素子を用いた光混合
 (D) PC 素子を用いたフェムト秒光パルスによる超短電磁パルス発生
 図2はこれらの基本的な構成を示したものであり,(A),(B)は二次の非線形光学効果を有する結晶に光波を入射し,位相整合条件下で THz 波を発生させる構成である.DFG では二つの入射光の波長間隔(〜nm)を変化させることにより発生する THz 波の波長を制御する.一方,パラメトリック発振を用いる方式は図2(b)に示すように,入射光は1波長でよく,またその入射角を変化させるだけで発生する THz 波長を制御できる特長がある.
 (C),(D)は非線形光学効果ではなくピコ秒以下のキャリヤ寿命を有する低温成長 GaAs 薄膜における光伝導効果を用いて光混合を行うものであり,図2(c)に示すようにバイアス電界が必要になる点が(A),(B)と異なる.微小ダイポールアンテナやスパイラル状のアンテナを一体化した PC 素子を用いて,850 nm 帯の2台の LD 出力の光混合により 0.2〜3 THz の周波数域の CW-THz 波発生(6)が行われている.また,同様な PC 素子にフェムト秒光パルスを照射することにより THz 波を含んだ幅広い周波数成分を有する超短電磁パルスの発生(1)が可能である.

パラメトリック発振による THz 波発生

 周波数の強い光を非線形光学媒質に入射すると,パラメトリック効果によりの関係を満たすの二つの波動が発生する.ここで, が THz 波域となるように位相整合条件を満足させると THz 波の発生が可能である.ただし,純粋に電磁波だけの相互作用では効率が低いために,LiNbO3 や LiTaO3 等の極性結晶中の素励起波であるフォノンポラリトンを介したパラメトリック発振(12)が THz 波発生に有利である.フォノンポラリトンは,結晶中の横光学(TO)フォノンと電磁波が強く結合したものである.
 この原理に基づき,1975 年 Piestrup ら(13)は LiNbO3 結晶を Q スイッチ Nd:YAG レーザ () で励起し,Stokes 光 () を共振させることにより波長 153〜708 μm の THz 波 () 発生を確認した.この場合,ノンコリニア位相整合により THz 波は Stokes 光に対しほぼ 65゜ の方向に発生するために,LiNbO3 結晶端を斜めに研磨した面から THz 波を取り出している.しかしながら,LiNbO3 結晶中で発生した THz 波の吸収が大きく(1THz において吸収係数),空気中に取り出す効率が極めて低い点が大きな課題であった.
 これに対し,1996 年川瀬ら(5)は LiNbO3 結晶からの THz 波取り出しにグレーティングカップラあるいはプリズムカップラを用いる構造を提案し,広帯域波長可変 THz 波光源として有望であることを実証した.図2(b)に示すように,LiNbO3 結晶内で発生した THz 波を結晶側面に密着した Si プリズムカップラを通して効率良く空気中に取り出す構成(14)であり,ピークパワー1MW,パルス幅 25 ns の Q スイッチ Nd・YAG レーザから,ピークパワーがほぼ 10 mW の THz 波の発生に成功している.また筆者らは同様な原理であるが,台形状の LiNbO3 結晶を用いたパラメトリック発振により THz 波を LiNbO3結晶の側面から垂直方向に取り出す新しい構造(15)により,THz 波の吸収の影響を一層低減し,波長 130〜310 μm の THz 波発生が可能であることも確認している.

4. 実用化への技術課題

 種々の THz 波発生方式の中で,パラメトリック発振の構成は,パルス動作ではあるが mW オーダの波長可変 THz 波光源として有望であり,今後 MHz 以下の狭帯域化と LD 励起 Nd:YAG レーザとの組合せによる小型 THz 波光源の実用化が待たれる.
 THz 波応用分野が具体的に広がるためには,発生技術とともに実用的な検出器の開発が急務である.現在,CW〜ns パルスの THz 波は,液体ヘリウム温度に冷却した Si あるいは InSb ボロメータにより検出可能であり,応答速度は遅い(μs 以上)が高感度で広帯域であるために分光実験等の基礎研究には広く用いられている.また,高速応答が必要な場合は GaAs を用いた Shottky Barrier Diode(SBD)が用いられる.SBD は接合サイズが 0.3 μm 程度と小さいために微小アンテナと一体化されており,室温で動作し ns 以下の高速応答が可能であるためにパルス波形等の測定には有効である.
 一方,ピコ秒以下の THz パルス波の検出には電気光学(EO)効果を用いる EO サンプリング方式(16)が用いられる.本方式は,ZnTe 結晶等の EO 結晶に加わる THz 波電界を光の位相差として検出するものであり,検出帯域が広く THz 波の二次元分布の計測も可能である点が大きな特長であり,今後 EO 定数の大きな有機 DAST 結晶(17)等の新たな材料を用いた光ファイバ型 EO 検出システムの開発が期待される.

5. ま と め

 周波数資源としてフロンティアであった THz 帯も,光技術からのアプローチにより急速に開拓が進んでいる.しかしながら,貴重な周波数空間はコヒーレントな THz 波でこそ有効利用できるものであり,今後,波長,振幅・位相及び波面等の制御技術の開発が一層重要となる.
 THz 帯の電磁波は,従来から期待されていた通信以外の応用が極めて多様であり,物質の格子振動との相互作用を用いた新たなセンシング技術等の応用の拡大が期待される.特にこの分野は,THz 波スペクトルスコピーやTHz波イメージング等の新たな局面が開けつつあり,光技術と電子技術の境界領域であると同時に,電子情報通信分野と物性科学,有機化学,生命科学等の境界領域でもあり,新たな科学技術の融合領域として多面的な発展が期待される.

文 献


たにうち てつお
谷 内  哲 夫 (正員)
昭 48 東北大・工・通信卒.昭 53 同大学院工学研究科博士課程了.同年松下電器産業(株)入社.平5東北大・金属材料研究所助教授を経て,平8より東北大・電気通信研究所助教授.現在,非線形光学効果を用いた赤外・THz 波発生の研究に従事.工博.応用物理学会会員.

いとう  ひろまさ
伊 藤  弘 昌(正員)
昭 41 東北大・工・通信卒.昭 47 同大学院工学研究科博士課程了.同大学電気通信研究所助手,助教授を経て,現在,教授.レーザ及び非線形光学の研究に従事.工博.昭 46 年度米澤記念学術奨励賞受賞,昭 63 年度論文賞受賞.理化学研究所フォトダイナミクス研究センター兼務.


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