The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers


シンクロトロン光とX 線エレクトロニクスの利用周辺技術

電子情報通信学会誌Vol.83 No.2 pp.132-136

宮 崎 保 光

宮崎保光:正員 豊橋技術科学大学情報工学系
E-mail miyazaki@emlab.tutics.tut.ac.jp

Synchrotron Radiation and Application Technology of X-Ray Electronics. By Yasumitsu MIYAZAKI, Member (Department of Information and Computer Sciences, Toyohashi University of Technology, Toyohashi-shi, 441-8580 Japan).

1. X 線電磁波の発見

H. ヘルツにより,J.C. マクスウェルの理論が確認され,電磁波の存在が明らかになった 1888 年,この年ギーセンの大学において,W.C. レントゲンはコンデンサ構造での運動誘電体の電気力学の発表を行っている.レントゲンはその後,電子管の研究中に,1895 年,レナルト管中の陰極線による X 線の発生を発見している.レナルトはヘルツの下で陰極線の研究を進めていた.
電磁波の発見と X 線の発見は,7 年の違いがあるが 19 世紀末の極めて重要な発見であった.電波技術は,位相の整ったコヒーレント特性を持つ 20 世紀の電気通信技術として,急速に発達し,現在では,レーザによるコヒーレント光波技術とともに新しい分野を形成しつつある.一方,ほぼ同時期に発見された X 線は,長い間インコヒーレント電磁波として医学,構造解析の科学技術分野で応用されてきたにすぎない.ようやく,最近になり放射光としてのコヒーレント X 線電磁波が得られるようになっているが,まだ限られた大型 SOR(シンクロトロン放射光)装置においてのみ利用が可能である(1).光波に比べ X 線のフォトンとしてのエネルギーは,図1に示すように,光波に比べ 1,000 倍高く,波長も短く 1/1,000 である.
X 線は,電子管においては, 電子のエネルギー準位 K,L,M 間の遷移(用語)による特性 X 線と電子の制動放射(用語)による連続 X 線となる.タングステンの連続 X 線では,40 kV で波長 0.06 nm 近くがピーク特性となる.L-K 準位の遷移では,Kα,Kβ線は原子番号 20 の原子で,0.3nm 程度となる.これらの陰極線による X 線発生は,レーザ以前の光波と同様位相が乱れたインコヒーレント光である.

2. 光エレクトロニクスからX 線エレクトロニクスへ

 光波技術は,1960 年のレーザ光のコヒーレント光発生により急激に発展してきている.同じ電磁波でありながら,X 線はコヒーレント光の発生は光波ほど研究が進んでいない.放射光技術の進展状況は表1に表される.

3. X 線 SOR 光の発生原理

 電子のエネルギー準位 , に対して,光速cを用いて,発生する X 線の波長 は,プランク定数hとして,である.特性 X 線は,ターゲットの物性特性によって決定される.放射光の場合は,電子の速度の変化による,放射電界としてリェナール・ウィーヘルト(Lienard Wiechert)の式により与えられ,単位時間当り放射されるエネルギーは,電子の円軌道などにおける加速により生じる制動放射として示される(2)〜(4)(図 2,図 3,図4参照).電子の速度が光速に比べ小さいとき,運動電子から観測点を見た方向と加速度ベクトルの方向とのなす角をθとして,加速度v’(t) により,放射エネルギーは,ラモア(Larmor)の式として,
 
により与えられ,電子双極子の放射パターンとなる.もし,速度ベクトルと加速ベクトルが平行であり,速度が光速に近くなるとき,放射パターンは,電子の進行方向に鋭く向う.
電子の円軌道のような速度ベクトルと加速度ベクトルが直交する場合,電子が超高速で,電子エネルギーが十分大きく,相対速度  のとき,放射光は,円運動する電子の進行方向に放射され,その放射パターンの半値角ΦHBは,相対論の係数 を用いて, となる.
 SOR 光(X 線)では,円軌道の電子の速度が,放射光の伝搬速度に近いため,パルス状のコヒーレント特性の良い電磁波となる. 電子の運動は,磁界B中では,ローレンツ力の関係により,角周波数 の円運動となり,リングの周回運動に電磁石が用いられる.円の電子軌道の曲率半径を とすると,観測点では,ドップラー効果により, パルス幅のパルス状の放射光となる.パルス幅Δtの逆数が放射光のスペクトルの上限である臨界周波数を与える.波長としては,Ec[keV]=より,

となる.放射光のスペクトルは,リェナール・ウィーヘルトの放射式のフーリエ変換により得られる.r は,[GeV]として r=1957 である.
放射パワーは,偏向用磁界に対して [GeV]=0.3 [T][m]として
 
で与えられる.放射光は,軌道面内では,直線偏光となり,軌道面より傾いた方向では,右まわり,左まわりの楕円偏光(用語)となる.
Spring-8 では,電子銃により発生された電子ビームは,140 m の円環導波管2.86 GHz)の線形加速器1 GeVに加速され,396 m の高周波空洞(508.6 MHz)と偏向磁石を持つシンクロトロンに送られ,8 GeV まで加速され,次いで高周波空洞(508.6 MHz)と偏向磁石(0.68 T),挿入光源を持つ大型の蓄積リングに送られ,61 本のビームラインを通じて,放射光が利用される(図5参照).100 m 当りの広がりは,2.4 mm である(図6参照)
偏向磁界中で円軌道する電子ビームからの放射が SOR の基本であるが,蓄積リングでは,偏向電磁石の外,リングの軌道上において,軌道の上下に極性を交互に変化させた磁石列により,磁界が電子ビーム方向に正弦波的に不均質にしたウィグラあるいはアンジュレータの挿入光源装置が用いられている.電子の蛇行運動周期長を l0 として,パラメータ  ≫1 のとき,磁界の頂点のとき,軸方向にパルス状に放射光が得られる.このタイプをウィグラ(Wiggler)という.≪1 のときは,軸上で連続的に放射され,スペクトルが準単色となるタイプでこれをアンジュレータ(Undulator)という.これらの挿入光源により,効率的な放射光の利用が可能となった.
また,超伝導コイル磁石を用いた小型 SOR が,1.7 T の磁界,リング直径 3〜5 m,高周波空洞の高周波加速電力 500 kW,周波数 35 MHz,電子蓄積エネルギー 0.8 GeV,電子線強度 0.1 A のものが作られている.
更に,アンジュレータの前後にミラーを置くことにより発振する自由電子レーザが 1975 年ごろより試みられており,24 MeV,ビーム電流 70 mA で,波長 10.6μm の赤外線の誘導放出が報告されており,最近では,0.212μm の短波長が得られている.
X 線レーザは,光レーザと同様な機構にするためには,励起強度は波長λ の4乗に反比例するため,X 線領域では極めて困難であるが,主に,高調波による発生が試みられている.

4. X 線と物質の相互作用

 X 線が物質中に伝搬するとき,原子により散乱,回折が生じるが,電子分極率による屈折率が示される.ミクロ的には,弾性散乱(用語)としてのブラック散乱,非弾性散乱(用語)としてのコンプトン,ラマン散乱が代表的なものであり,光電効果も重要である.X 線での屈折率は,波長λ ,原子半径,原子散乱因子,原子の電子数,異常分散項,単位格子の体積によって示される.一般に,X 線の領域では原子に束縛されている電子振動の固有周波数が,電磁波の周波数よりも小さく,また,電子の固有周波数の近くでは電磁波吸収が大きいため,屈折率の実部は短波長から長波長の変化する波長に対し,10 nm ほどまで1より単調に小さくなり,減衰を示す虚部は単調に増加する.

5. SOR 及び X 線関連技術

現在電子銃からの電子ビーム 1 GeV 近くに加速することにより制動放射として SOR・X 線光が得られているが,線形加速器と円形軌道シンクロトロンにおける電子ビーム加速と SOR 放射が能率的に行われるためには,超伝導磁界の下で,高周波加速空洞,線形加速器が円形軌道上で効率的一体化が行われる必要がある.曲がり構造を持つ遅波導波管,共振器,更に,不均質磁界中における電子ビームと高周波の結合とビーム加速,X 線制動放射界の電磁界特性の解析,実験が検討されれば小型で安価な装置が実現できる可能性がある.
また,X 線機能素子として,若干の検討がされつつあるが,X 線多層膜ミラー,導波型分波,回折素子,X 線集束素子としての集束レンズ,ゾーンプレート,不均質集束導波路の検討が重要である(5),(6)(図7参照).更に,コア・クラッド構造の X 線導波路,X 線ファイバ,テーパ X 線導波路,マイクロ X 線プローブ,X 線顕微鏡が,高機能素子として,実現できれば,光エレクトロニクスと同様 X 線エレクトロニクス技術の新分野が形成されると思われる.Rh と Ce の 50 交互層では,垂直入射で約 50%,面に沿った入射角 90 度近くでは十分大きな反射が得られる.これらの反射率の大きな境界面を用いて光導波路が構成可能である.
X 線エレクトロニクスを支える,X 線情報伝送が可能となるためには,X 線の位相,振幅を有効に制御する機能素子が必要である.機能素子を作成するためには,X 線領域での損失が小さく,屈折率,偏光をできる限り大きく制御し得る物質の開発が必要である.そのためには,検討する X 線波長領域に分散の比較的大きな物質において,外部電界,磁界による屈折率変化,偏光変化を効率良く生起させる素子が必要となる.

6. SOR・X 線利用技術

 X 線では,エネルギーが 1 KeV,波長では 1 nm であり,原子の内側の電子に関係が深くなり,大きさはナノメートルの世界である.X 線を利用する世界は,既に,レントゲンの時代より,医用診断に用いられているが,これらは,X 線の透過性が,光に比べ十分大きく,波の直真性を用いたものである.X 線管からの X 線の位相は乱れており,スリットにより,強度を犠牲にし,コヒーレントを高めた状態にした後に結晶回折,干渉性を用いた物理化学計測が主に用いられている.コヒーレント SOR 光は X 線管に比べ1万倍以上の強度がある.レーザ光の世界と同様,X 線機能素子が発達し,1 m 径の小型 SOR 光が実現し,利用しやすくなれば,情報通信分野への応用も含め,ますますコヒーレント X 線利用は拡大するものと思われる.
 X 線照射による蛍光 X 線による物質の内部分析をはじめ,X 線光電子分光,X 線吸収微細構造分析など,精密な物性の同定が期待できる.
電磁波の逆問題として,X 線散乱,回折など,生体物質の代表である酵素,たん白質の構造解析が精密に可能となりつつある.また,SOR 光が十分強い強度であるため,化学反応の動的解析においてナノ秒からピコ秒の時間変化の観測が可能である.
SOR の X 線の波長が nm であることを用いて,電子,光デバイスの世界では,X 線リソグラフィーとしての超微細加工が可能である.また,分子,原子と X 線との相互作用を用いた,半導体薄膜成長のプロセス技術も開発されつつある.また,超高容量メモリシステムとしての nm サイズの X 線メモリ系システムも有望である.
生体と X 線との相互作用は,医学分野において,古くより X 線の透過性を用いた X 線診断,CT 診断が利用されているが,波長の異なるコヒーレント SOR 光を多重に用いることにより,より精密な診断,生体分析が可能と思われる.また,X 線を用いた治療法も発達すると思われる.生体機能では,細胞膜が 10 nm 程度であり,更に,チャネルが 0.2 nm ほどであることから,コヒーレント X 線のマイクロプローブ,X 線顕微鏡により,電子顕微鏡では不可能な生体高分子,細胞,遺伝子,ウイルスなどをはじめ,活動中の生体の基本的特性が明らかにされると思われる.
このような利用分野の発展には,小型のコヒーレント X 線発生装置,小型 SOR,X 線機能素子,X 線導波路,X 線ファイバ,X 線センサの情報伝送,情報処理系の開発が重要であり,21 世紀にはそれらの多くが実現することが期待される.
文 献

みやざき やすみつ
宮 崎  保 光 (正員)
 昭 38 名大・工・電子卒.昭 43 同大学院博士課程了.工博.昭 47 名大・工・電気講師,昭 48〜50 西ドイツ,ブラウンシュバイク工大客員,昭 51 同助教授,昭 56 豊橋技科大情報教授.ミリ波導波管・光通信・電磁界理論の研究に従事.昭和 44 年度後期米澤記念学術奨励賞受賞.著書「応用ベクトル解析」など.


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