【 ウェアラブルコンピュータがもたらすもの 】




3. ウェアラブルコンピュータのねらい

 (1) 意識しないコンピュータ WPCのねらいの一つはその使用感をハード的にもソフト的にも意識させなくすること(unconscious)であろう.すなわちUnconsciousインタフェース,unconsciousコンピューティングそしてunconsciousネットワーキングである.具体的には,軽い,小さい,自然なインタフェース,能動的操作の不要性などの実現である.ただし人間との完全な一体化はまだ先のことであるから,ファッション性を重視して装着なり携帯を誇示することがWPCの起爆剤になるという面も否定できない. WPCの応用として“Remembrance Agent”(12)がしばしば引用される.これは一種の連想記憶と拡大現実をWPCで統合し,周囲状況に応じた適切な情報を提示する機能である.例えば人と話しながら,WPCのカメラ画像でその人物の情報をリストアップし,それを拡大現実の手法でHMDに重畳する.WPCがしばしばセカンドブレインと呼ばれるゆえんであるが,多種多様な状況で,しかも限られたセンサ情報でこれを実現するには多くの課題があることは理解されよう.  

(2) テクノロジコンバージェンス より実用的な観点からはテクノロジコンバージェンスという言葉がある.典型例として挙げられるのが最近のファクシミリであり,これには通信,コピー,プリンタ,メモリ,スキャナなどの機能が結集している.WPCも同様で,これまでのPC技術の基盤とカッティングエッジ的な技術,例えば音声認識,超小型HMD,モールスキーボード,マイクロセンサそしてネットワーク機能などを「ぎゅっ」とまとめて作り上げるものだとする(13). 当然WPCのアプリケーションソフトウェアはこれらの統合機能をストレスなく駆使できなければならない.例えば,実用上は音声認識によるセンサ制御コマンドの入力と並行して,その制御法をセンタに問い合わせるといった必要が生じる.しかし現実にはアプリケーションの終了や新たなモジュールの起動などに面倒な手続きを要する.WPCの普及にはこのような利便性の改善が必須である.したがって,ソフトウェアモジュールをコンバージェントしていくための技術,そのためのミドルウェアやエージェント機能などの早期開発が望まれている.




4. 今 後 の 動 向

 (1) ウェアラブルインタフェース  Unconsciousという理想を実現するためにはまずデバイスの小型化が課題となる.市販されている最新のWPC用HMDは1インチカラー液晶,640×480 VGAである(14).ただしサイズの割には見やすく,活字でも9ポイント程度なら情報伝達には十分使用できる.しかし長時間の使用では疲労も大きいため,その用途を十分考えるべきである.外観も重要だ.自然なインタフェースにするには最低でもサングラス程度のサイズ,そして本体との無線インタフェースが必要であろう. 音声は今のところWPCにとって望ましいインタフェースの代表とされている.しかし音声認識に携わる研究者はその応用に慎重である.現時点でも,騒音下での誤認識,あいまいな入力への対処,コマンド以外の誤入力への対処,ほかにも多くの課題がある.またこれまでの検討から,ジョイスティックなど他のインタフェースとの相補関係を十分考慮した音声インタフェース設計も極めて重要である(15).現在の認識精度では代替手段が必須だが,その頻度をいかに少なくできるかにインタフェースの設計センスが要求される.実際,同僚との世間話に合いの手を入れながら,WPCへ正しく音声入力することはそう簡単なことではない. 音声インタフェースでは入出力のバランスもポイントになる.通常は分離しているマイクとヘッドセットも,骨伝導型のマイクを利用すれば両者をオールインワンで外耳に装着できる.図4はNTTが開発した超小型通話ユニットであり,骨導と気導の信号を騒音レベルに応じて適切に混合し,通話品質を向上させている(16).このケースでは,通常の接話型マイクを通した場合とは音声特性が変化することから,音声認識モデルのパラメータ調整が必要となってくる.音声技術は古くて新しい課題である.MITの“Oxygenプロジェクト”では多機能型端末が提案されているが,そこでは音声インタフェースを重視しており,今後の展開が注目される(17).

図4.超小型ユニット(写真右)

送話器と受話器をイヤホン形状のきょう体に一体化し、耳に装着するだけで送話、受話が可能、骨導と気導の両タイプのマイク信号を制御することで、騒音下環境での通話品質を確保している。


(2) ウェアラブルセンシング WPCにおけるセンシングのうち,カメラで取得した画像情報を蓄積し,それをネットワーク上で共有することへの興味は高い.先述の“WearCam”はその蓄積型の例といえる.センシングという意味ではストリーム型の映像情報も有用である.中でもWPCを持つ未熟練の作業員自身が作業中に見ている現場の状況をそのまま伝送し,サポートセンタの熟練作業員がネットワークを通じて介入指示するような状況が典型例である.Mannの例では,“マーケットで売り場のミルクを見ると,自宅でその状況を見ている妻から商品名と購入本数の指示がHMDに出て来る”,となる.表現にやや問題はあるが,これはまさに“人間テレオペレーション”である(18).映像と同時に関連する情報や関連スクリプトを多数のWPCに配信することもできる(19).多くのサービスエンジニアを抱える製造業の分野では,こうしたアプリケーションを必要とするケースが増えると予想されている.  動き回る人間の位置情報の活用も重要である.位置情報としては屋内と屋外があるが,屋内についてはまだ実用レベルで十分なものはない(20).屋外については最新のGPS受信機が腕時計サイズまで小型化され(21),気圧や温度などの環境センサも既に腕時計内蔵サイズまで小型化されている.こうしたセンサ情報が数多くのWPCから発信されるようになれば,自然な形でウェアラブルWWWが形成されていくことになる.この結果,低コストでセンサネットワークインフラが出来上がり,発信者,受信者双方にとって大きな恩恵が生まれるはずである.  

(3) ウェアラブルネットワーキング  ネットワークについては,複数のコネクションへのオン/オフをその都度意識することなくアプリケーションを使用できることが望ましい.このような機能を支援するワイヤレス環境として,田中らの提案するワイヤレスエージェント通信がある(22).図5にその概念を示す.これは人間の周辺のワイヤレス環境を検出するとともに,これをエージェント通信ミドルウェアや高位のアプリケーションレイヤに通知する機能を持ち,常にシームレスな通信環境を確保する.この機能をWPCで有効に活用するためのもう一つの仕組みとしてODS (オンデマンドステーション)も提案されている.これは例えばPHSのユーザが親機で契約する一方で,複数の子機モジュールを自営モードで制御することにより,あたかも一人で複数の端末を使えるような環境を実現する.子機は自営の標準モードに対応するだけでよいことから,自分が装着するセンサ群にODSモジュールを内蔵しておけば,WPCで容易に制御できる.MITのPentlandらもネットワーク技術“Jini”と無線技術“Bluetooth”によってWPC向けネットワーキングを実現することを提案している(23).

図5 PHSによるワイヤレスエージェント通信の例

  人間の周辺のワイヤレス環境を検出し,これをエージェント通信ミドルウェアや高位のアプリケーションレイヤに通知する.これによりウェアラブルコンピュータは常にシームレスな通信環境を確保する.


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