【 ITSの意義と基本概念 】




3. ITS(Intelligent Transport Systems)の登場

 上記のような世界の諸地域の活動は,1980年代の後半にはプロジェクトとして推進された.ヨーロッパでは自動車産業が主導するプロメテウス(PROMETHEUS),ヨーロッパ連合EUが主導するドライブ(DRIVE)の両プロジェクト,日本ではカーナビへの交通情報提供システムRACSとAMTICSの両プロジェクトが進められ,アメリカでは自動運転のプロジェクトPATHなどを基に包括的なプロジェクトIVHSが提唱された.

 1990年に運輸省DOTの諮問機関であるIVHS AMERICAが設立され,ヨーロッパでの実用化推進組織ERTICO(1991年発足),日本のVERTIS(1994年発足)と協力して1994年から毎年世界会議を開催するに至った.当初この分野の名称としてヨーロッパではATT(Advanced Transport Telematics),アメリカではIVHS(Intelligent Vehicle-Highway Systems)が用いられたが,世界会議の開催を契機にITSに統一された.
 このような経緯から明らかなように,ITSは一つのシステムの名称,あるいは最近開発された新技術ではなく,1960年代に提唱された基礎概念の上に,1990年代に至る多くの研究開発と実用化の実績を積み重ねて,国際的な連携と協調の上に構築されようとしている統合化されたシステム,いわば「システムのシステム」である.

 道路と自動車に情報通信や計測制御の技術を取り入れて,道路交通の高度化を図るとき,実現しようとする機能は単一ではない.安全性や円滑性の向上についても,道路環境や交通の状況,自動車の走行状態に応じて要求事項は様々である.しかも,一部の限られた機能を実現しただけでは,その効用は小さい.したがって,システムは必要と想定される多くの機能を包括的に実現する必要がある.一方で,実現手段としての装置は,道路側では設置地点の多さとサービス範囲の制約,車側では搭載スペースやヒューマンインタフェースにおける制約,また両者についてコストの制約がある.これらの制約を超えてシステムの実現を図るには,システムの基本部分について共通化できる基盤を活用することが必要である.

 このような計画の推進をサポートするものとして,ITSのシステムアーキテクチャの制定と標準化活動がある.  ITSで実現しようとする機能の分類は,IVHSアメリカの戦略計画で当初提案された例を述べると

@ 先進交通管理システム ATMS(Advanced Traffic Management Systems) 交通信号制御,流入制御,自動料金収受など

A 先進旅行者情報システム ATIS(Advanced Traveller Information Systems) 交通情報提供,ナビゲーション,経路誘導など

B 先進車両制御システム AVCS(Advanced Vehicle Control Systems) 運転支援,衝突防止,自動運転など

C 商用車運行管理システム CVO(Commercial Vehicle Operations) 車両位置モニタリング,貨物情報管理,車両重量計測など

が挙げられている.

 日本でも,政府のITS関係5省庁による「高度道路交通システム(ITS)推進に関する全体構想」(1996)で,9開発分野について20の利用者サービスの枠組みを示している.また,5省庁によって策定された日本のシステムアーキテクチャ(1999)では,これを53の個別利用者サービス,159のサブサービスに展開している.



4. ITSの進展と最近の動向

 ITSは,前にも述べたように,より良い道路交通を目指す先進技術として道路交通管理や自動車関連の分野の有識者を中心に多年にわたって研究開発が進められ,1990年ごろには実用化のめどが立ったシステムである.同時にその実現には,技術の進展だけでは不十分であり,社会の変革を伴うシステムとして,社会,特に利用者の受容性,経済性の基礎となる便益に伴う費用負担のルール,システム全体としての,またこれを取り巻く社会との整合性などが問題であることも明らかとなった.

 ヨーロッパではヨーロッパ連合EUが,アメリカでは連邦運輸省DOTが,また,日本では警察庁・通商産業省・運輸省・郵政省・建設省のITS関係5省庁が中心となり,またカナダ,オーストラリア,韓国,中国その他の諸国でも同様にITSを国際あるいは国家プロジェクトとして推進しているのはこのためである.

 日本では,政府の高度情報通信社会推進本部による「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」(1995)がITSの推進をその一環として取り上げたものであり,1998年11月には1996年4月の実用開始以来順調に普及している道路交通情報通信システムVICSについての「システムの高度化の推進」,ITSの「情報通信関連技術等に関する研究開発・実証実験の実施」や「地域におけるITSの推進」などを織り込んだ基本指針の改訂が行われた.これは,「VICSや料金自動収受システムETCなどITSの成果をより広く活用したい」,「携帯電話などのモバイルコミュニケーションの発展やIMT2000などの新技術をITSに役立てたい」などITSの情報通信システムとの連携を強化したいとの意向がくみ取られる.いわば,「情報通信技術の活用による道路交通の改善」というITSの基幹部分の外側に「道路交通技術を活用した新しい情報通信システム」という領域を設定することに当たる.

   現在,世界の自動車生産は1978年の年間3.12億台をピークに横ばい状態にあり,自動車産業は今日ではもはや成長産業ではない.情報通信産業も,技術の進歩はともかく,サービス産業としての利用者の費用負担の制約がある.ITSの推進は国際的連携と協調の下に進められたが,これは同時に国際的競争の下にあるといってよい.アメリカの挙国的取組み,ヨーロッパ連合加盟諸国の協力による対応と我が国が肩を並べることは大変厳しいといわざるを得ない.

 この分野は従来専門領域としては交通工学,自動車工学の中で扱われてきた.今後,情報通信の中でも取り上げて,専門領域から見た長期的展望を踏まえて取り扱い,交通と通信を融合する夢をはぐくむことなどを期待したい.





文     献

 (1) ITS - インテリジェント交通システム, (社)交通工学研究会(編), 丸善, 東京, 1997.

 (2) 羽禎雄, 津川定之, 藤井治樹, 桑原雅夫, 21世紀の自動車交通システム, 工業調査会, 東京, 1998.

 (3) ITSテレコミュニケーションビジネス, ITS情報通信研究会(編),クリエートクルーズ, 東京, 1999.





高羽 禎雄(正員) たかば さだお

昭33東大・工・電気卒.昭38同大学院博士課程了.同年東大生産技術研究所助教授,昭52教授,
平8年名誉教授.同年東京工科大・工・教授.
現在,同大学院工学研究科長.
道路交通の情報化の研究,交通管制システムや各種のITS関連プロジェクトに参画.工博.日本シミュレーション学会会長,ITS世界会議理事などを務める.

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