1.総   論 【 1-2グローバルコンピューティング時代のシミュレーション  】

関   俊 司

 ここで計算機性能の変遷について概観しておこう.図2は,1970年代後半以降のスーパコンピュータの変遷を示したものである.1980年代は,VCの開発が,スーパコンピュータの性能向上を牽引した時代であった.1990年代に入ると,汎用MPUを多数並列に接続したMPPの研究が盛んになると同時に,VCにおいても並列化の流れが主流となっていった.こうしたスーパコンピュータの性能統計として,Dongarraレポートがよく知られている.これは,ベンチマークテストプログラムLINPACKの創始者であるJack Dongarra氏らが,世界上位500台のスーパコンピュータについて性能諸元をまとめたもので,TOP500(6)としてインターネット上で公開されている.2000年6月に発表された同レポートの1位はIntel社のASCI Red.Pentium ProクラスのMPUを9,632個実装したこのマシンの理論最大性能(Rmax)は3.2 Tera FLOPS,最大実行性能(Rpeak)は2.38 Tera FLOPSと報告されている.このASCI(7)(Accelerated Strategic Computing Initiative)とは,10年の歳月と10億ドル以上の国費を投入して進められている米国の国家プロジェクトで,2004年を目途に,核兵器シミュレーション用として100 Tera FLOPS以上の計算機並びにその関連ソフトウェアを開発することを目的とするものである.同様のプロジェクトとして,米国のNSF(National Science Foundation)が, 2010年までに1 Peta FLOPSの計算機の実現を目標としたプロジェクト(8)を2000年4月より開始しているが,こちらは,科学技術全般への適用を目的としている.


図 2 計算機性能の変遷  白塗りのプロットは計画目標値

 一方,ベクトル並列計算機の高性能化に関しては,我が国の地球シミュレータプロジェクト(9)に期待が寄せられている.この計画は,1997年に開始され,2002年には,現在のVCが有する性能の約10倍に当たる理論最大性能40 Tera FLOPSのベクトル並列計算機を実現し,気象予測など,地球環境シミュレーションに適用することを目的としている.このように,2000年代の後半から2010年にかけて,VCでは数十Tera FLOPS,MPPでは100 Tera FLOPSから1 Peta FLOPSの性能の 実現に向けた開発が,国家主導で進められている.



3. 計算機クラスタ

 1990年代中ごろ,米国のNASAやUC Berkeley, 日本の新情報処理開発機構(RWCP:Real World Computer Partnership)などで,ワークステーションなどの汎用の計算機を高速のネットワークで接続することにより並列計算機を構築する研究が活発化しつつあった.後に,Beowulf(10),NOW(11),PAPIA(12)などの名称で知られる計算機クラスタを世に送り出した研究プロジェクトであり,中でもBeowulfは,今や計算機クラスタの代名詞になりつつある.

 計算機クラスタの特徴は,図3に示すように,同機種の計算機を一箇所に集め,超高速のネットワークで接続し,仮想的に一つの計算環境(SSI:Single System Image)を構築することにある.汎用のMPUを使用する点では,従来のMPPと同様ではあるが,メモリ構成やMPU間の通信方法などが大きく異なる.一般に,MPPでは,これらは専用のハードウェア,ソフトウェアにより構成されるが,計算機クラスタでは,汎用品(COTS: Commodity off the shelf)が用いられている.計算機クラスタが,“汎用”スーパコンピュータ,“自家製”スーパコンピュータなどとも呼ばれているゆえんである.計算機クラスタのコストパフォーマンスを,GFLOPS当りの単価で比較すると,最近の商用のスーパコンピュータが$10,000/GFLOPSであるのに対し,Beowulfタイプの計算機クラスタは$3,000/GFLOPS,Kentucky大学より報告されたKLAT2に至っては$650/GFLOPSであり(13),約10倍以上のコストパフォーマンスが得られている.


図 3 計算機クラスタの構成概念とソフトウェアアーキテクチャ
 @ 独立した個々の計算機を一か所に集約,
 A 計算機間を超高速ネットワークで接続,
 B シングルシステムイメージの実現の3点が特徴である.


 2000年6月時点のTOP500には,Cplant Cluster(14),NT Supercluster(15),Avalon Cluster(16)の3台の計算機クラスタが,“自家製(Self-made)”スーパコンピュータとして,その名を連ねている.その中でも,米国のSandia国立研究所が作製したCplant Clusterは,580台のCompaq XP1000マシンからなるクラスタで,最大実行性能232.6GigaFLOPSを記録している.この性能値は,2000年6月時点のTOP500でこそ62位であるものの,1996年6月時点の同統計に当てはめれば,世界第1位の性能に相当する.



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